【多事蹴論(31)】2002年日韓W杯で日本代表を指揮したフィリップ・トルシエ監督の“暴挙”とは――。トルシエ監督といえば、日頃から過激な言動で知られるフランス人の指導者。練習中に指示したプレーができないイレブンを激しく罵倒した上で中高生のように「グラウンド10周」と罰走させたり、練習から「出ていけ」と除外させるなど、やりたい放題だった。
ピッチ外でも暴君ぶりを発揮。記者会見にキャプテンマークを巻いて出席し「オレが日本代表のキャプテンだ」と、自身が日本代表の最高権力者であることを誇示するばかりか、雇用主である日本サッカー協会やJリーグの方針を徹底批判。当時、Jリーグのチェアマンだったサッカー界の重鎮・川淵三郎氏とも数々のバトルを繰り広げるなど、その言動は指導以上に注目を集めた。
そんなトルシエ監督がやらかしたのは、02年W杯期間中のことだ。日本代表は決戦に備えて静岡県内をベースキャンプ地として練習場と宿舎を往復。日々のトレーニングに取り組んでいた。イレブンがバスでチーム移動の際には常にパトカーが先導。これはW杯による規定で日本だけではなく本大会に出場する各国の移動バスも同じようにパトカーが付いた。しかしワガママな代表指揮官は、この“特別対応”にイライラを募らせていた。
当時のチーム関係者によると、練習の行き帰りにチームバスを先導してくれるパトカーは安全を最優先するため、法定速度を厳守した上で少し遅めの速度で走行。もともと激情家で短気のトルシエ監督は毎日バスの中で青筋を立てていたそうだが、ある日、ついに我慢の限界に達し、大爆発。自らバスの運転手を“恫喝”し「あのパトカーを追い抜け! 今すぐにだ」と大声を張り上げると、あまりのけんまくで詰め寄られたドライバーはやむを得ず、アクセルを踏み込み、先導するパトカーを抜き去ったという。
トルシエ監督は満足そうな笑みを浮かべていたそうだが、同乗していたチームスタッフは顔面蒼白だったのは言うまでもないだろう。当時、本紙が日本代表を担当する警察署を取材すると「警備に関することは申し上げられない」と返答。ただ日本サッカー協会のスタッフは、事件の翌日に警察署に呼び出されて平謝りしたという。同スタッフは「さすがに公道でパトカーを追い抜いたらダメですからね。もう、そんなことさせませんから」と語っていた。
ちなみに当時、チームがバス移動する際には“追っかけ”が出現。カーチェイスのようになることもあったという。また練習場に向かうときもサポーターらが道中で待ち伏せすることもあり、交通が混乱するのを避けるため、毎日、道順を変えていたそうだ。












