北京五輪のスピードスケート男子500メートル(12日、国家スピードスケート館)で、初出場の森重航(21=専大)が34秒49で銅メダルを獲得した。彗星のごとく現れた若武者は、下馬評では伏兵扱いだったが、スケート関係者の間では以前からその潜在能力に対する評価が高く、大舞台での躍進が〝予言〟されていた。

 今季からナショナルチーム入りした森重は、開幕戦となった全日本距離別選手権(昨年10月)の男子500メートルで、日本記録保持者の新浜立也(高崎健康福祉大職)を下して初優勝。関係者によると、その滑りを見た日本代表のヨハン・デビット・ヘッドコーチが「短期間で伸びたよね。本当に期待できる選手だ」と大絶賛していたという。実際にW杯第3戦(昨年12月)では、33秒99で初優勝。新浜に続き日本人2人目となる33秒台をマークした。

 一躍トップ選手に上り詰めたとはいえ、一般的にはエース・新浜がメダル候補の本命だという見方が強かった。しかし、別の元日本代表コーチは森重の台頭をハッキリと予言していた。

「スケーティングもいいですし、伸び盛りの選手ですから、出てきても不思議ではないですよ。五輪でもメダルのチャンスがあると思います。小柄ですけど、氷の捉え方もうまいですし、コーナーワークも安定しています」。山形中央高時代に1周の距離が短いショートトラックでの練習で磨き上げたコーナーワークの技術は、世界で活躍する選手たちを見てきた指導者も舌を巻くほどだった。

 そうして研さんを積んだ技術が大一番で開花した。レースはフライングの影響で仕切り直しとなり「プレッシャーがかかるスタートになってしまった」と最初の100メートルの通過こそ全体5位の9秒63。それでも得意のコーナーワークで加速していき「インコーナーで自分の持ち味を出せて、加速しながらコーナーをできたので満足」と終盤にかけてタイムを縮め、メダルに手が届いた。

 2019年7月に亡くなった母・俊恵さん(享年57)に最高のプレゼントを届けた。しかし、日本のニューヒーローはここで立ち止まるつもりはない。「4年後、8年後には金メダルを目指せるように、4年間かけて、そこを目標にやっていきたい」

 次は表彰台のテッペンに立つ。五輪で味わった確かな手応えを胸に、新たなる戦いに挑む。