元読売新聞グループ本社社長・内山斉さんが2日に亡くなった。プロ野球の巨人担当記者だった私にとっての内山さんは「読売ナンバー2」「渡辺恒雄氏の懐刀」とも言われた、本社幹部の重要人物。巨人のストーブリーグの取材などでは、何度もクルマを追っかけ、食事先まで追いかけては話を聞かせてもらった。

 なかでも印象に残っているのが、球界再編騒動に関連しての独占インタビュー。あれは2004年7月9日。渡辺氏の「たかが選手が」発言が飛び出した翌日で、読売新聞販売店の会合が行われた東京・高輪のホテルでのことだった。

 会合を終えて姿を見せた内山さんは「将来的な巨人の合併はあるのか?」などの私の質問を、さえぎろうとする読売広報部を制しながら、歩を止めて約20分間ほど熱く語りだした。そこからわかったのは内山さんの「野球愛」。自身が少年時代の三角ベースの話や、今後、野球人気を復活させるために考えていることなどを、あれこれと語ってくれた。結局〝1リーグ構想〟はファンの猛烈な反発もあって消滅するのだが、低迷する野球人気をどうにかしようという、根っこの思いは同じ…と当時は思ったものだ。

 その後は「この前、こってり書かれたからねえ」と顔と名前を覚えてもらい、「巨人・星野監督」騒動が起きた2005年には、星野巨人を実現させようとした読売トップの思いを代弁してくれた。私の「星野監督の招聘に読売販売店の反発はないのか?」との質問に「販売店が望んでいるのは強い巨人を復活してほしいということ。販売店はスーパースターを欲しがっている。星野さんにはスター性もある」ときっぱり言い切った。あの時も読売側の〝本気度〟をひしひしと感じさせられた。

 厳しい物言いで反発を招くことも多かった渡辺氏とは違い、柔らかな物腰ながらも眼光は鋭く、それでいて「渡辺ばかりが悪く言われているけれども、それは違う」と渡辺発言の真意を説明してくれた内山さん。お世話になりました。

(元巨人担当・溝口拓也)