米国には伝説上の存在とも、未確認生物の一つともされる謎の生物がいる。それが「ジャージーデビル」だ。体長は約3フィート、馬に似た長い頭部、長い首にみすぼらしく痩せた体。2フィートはある大きなコウモリに似た翼に長い尾、そして蹄のある足が特徴である。
まさに悪魔そのものの姿をしたこの生物は、生まれた場所がニュージャージー州であることから「ジャージーデビル」と呼ばれている。一説によると、ジャージーデビルは1735年にこの世に生を受けたと伝承されている。
貧しくも12人の子供を産み育てていたリード夫人だったが、身ごもった13人目の子供のお産が非常に難産だったため、つい「生まれた子供は、悪魔であればいいのに」と神を侮辱する呪いの言葉を口走ってしまった。次の瞬間、彼女から生まれた赤ちゃんの顔が伸びてジャージーデビルになったとも、ジャージーデビルそのものが生まれてきてしまったとも言われている。
この時、ジャージーデビルを見た産婆があまりの醜さにショック死したとも、夫人も精神を病んでしまったとも言われている。生まれ出たジャージーデビルはそのまま窓から逃走したという説と、12人の兄弟を残らず手にかけたという説が唱えられている。
そして、家から逃げ出したジャージーデビルはニュージャージー州を中心とする米国各地で恐れられる存在となっていったのである。
1800年代初頭には海軍の英雄、コモドール・ステファン・ディケイターが飛行するジャージーデビルを目撃、軍のキャノン砲で攻撃したが、ジャージーデビルは体に穴があいたままで飛び去っていったという。
また、同じころにナポレオンの息子にあたるジョセフ・ボナパルトがボーデンタウンの近隣で目撃。1899年にはヴィンセントタウンとバズヴィルで、ジャージーデビルによって多くのヒツジとニワトリが食われるという事件が起きた。
そして、1909年にジャージーデビルによる一大パニックが起きる。1月17日の午前2時、地元の郵便局長E・W・ミニスター氏が見たこともない怪物がデラウェア川の上空を飛び回っているのを目撃。近くに住むジョン・マクェン氏も運河の堤防に謎の生物を見つけ、同じ生物を目撃した警官のジェームズ・ザックビル氏は生物に向けて発砲したという。
やがて夜が明け、ブリストルの住民たちは降り積もった雪の上に、地元の猟師でさえ見たことがないという奇妙な足跡を発見した。翌日になると隣町のバーリントンで同じ足跡が無数に発見される。木に登ったかと思うと屋根へ移動し、道路の真ん中で消える。
そして19日午前2時、グロースター市に住むエヴァンス夫妻が約10分間にわたって奇妙な物音をたてる怪物を目撃。この時の証言を元に地元の新聞社が作成したのが有名なジャージーデビルの想像図である。
午後にはグロースター市の猟師が約20マイルにわたって続く足跡を発見。高さ5フィートのフェンスを越え、8インチの隙間にも足跡は残っていたという。21日、ウェスト・クリングスウッドの消防署付近に現れたジャージーデビルに消防署員が放水を行うと、デビルは威嚇するかのように頭上を飛び回り去ったという。
これにより、デラウェア市はパニックに陥り、学校や工場が閉鎖される事態になった。しかし、その翌日には一件の目撃証言を最後にジャージーデビルは姿を消してしまったという。
このジャージーデビルはいくつかの要因が複合的に絡み合って形成されたものではないかとみられている。実際に目撃されたケースについては容姿が酷似しているウマヅラコウモリ説が有力であり、それ以外のケースについてはイタズラとデマに加えて集団ヒステリーがパニックを引き起こしたのではないかとみられている。
また、一部の学者は古代の翼竜が洞窟などで生き残っており、それが時折姿を現すのではないかと推論している。
1906年に起きたジャージーデビル事件では、ダイム・ミュージアム(10セント博物館、つまり見世物小屋的な施設)の宣伝係だったノーマン・ジェフリース氏が昔話をヒントに地元の新聞社に記事を持ち込み、次第に噂が噂を呼んで米国全土でパニックが起きる結果となった。つまり、イベントPRのためのやらせであったのだ。
このようにフェイクの発覚にもかかわらず、ジャージーデビルは今も目撃され続けている。1995年にはポンプトン湖、1999年にはバンバー湖周辺で2度、ジャージーデビルが目撃されている。長い年月にわたり恐怖の象徴とされてきたジャージーデビルだが、それだけ地元の人々に深く愛されていることの反証と言えるのかもしれない。












