トビウオジャパンに新女王誕生だ。東京五輪競泳女子400メートル個人メドレー決勝(25日、東京アクアティクスセンター)、大橋悠依(25=イトマン東進)が4分32秒08でこの種目では日本勢初の金メダルを獲得した。大会直前まで不安要素が尽きることはなかったが、初出場の大舞台では作戦通りのレース展開で海外のライバルたちを圧倒。周囲から〝大器晩成タイプ〟と言われるスイマーの素顔とは――。


 計算通りの展開だった。大橋は前半200㍍を2番手で折り返すと平泳ぎでトップに立ち、自由形でもリードを守って1着でフィニッシュ。電光掲示板で順位を確認すると力強いガッツポーズで喜びを爆発させ、自身が泳いだ3レーンは大きな水しぶきが上がった。

 前日の予選を3位で通過。勢いそのまま大一番に臨んだ。「昨日、いい泳ぎができたので自分を信じて泳ぎました。自分が金メダルを取れるなんて思っていなかった。速いタイムを朝早いレースで出せて、やってきたことは間違っていなかったんだと思いました」と振り返り、感情を抑えきれず涙する場面もあった。

 平井伯昌コーチ(58)とは300~350メートルで一気に加速することを決めていた。「そこで『追いついてきた』と思わせてしまうと、相手も元気になってきてしまう」。ラスト50メートルで逃げ切るためにも攻めなければならない勝負所だったという。

「自分はポジティブじゃない」と話すように、決して精神的に強いタイプではない。東洋大に入学した2014年から指導を続けてきた平井コーチは、大橋について「体形や性格を考えると大学後半、社会人になってからの方が伸びると確信していた。個人メドレーとしては今までにいないような選手」と言う。

 大学2年で臨んだ15年の日本選手権でふるわず「本当にやめる」と考えたこともある。しかし、周囲の説得もあって踏みとどまり、貧血が不調の要因だと判明すると、母・加奈枝さんから鉄分の多い料理をクール便で送ってもらい、体質改善を図った。そうして17年には個人メドレー2種目で世界選手権に出場し、社会人1年目の18年日本選手権では400メートル個人メドレーの日本記録を更新するなど平井コーチの予想通り成長を遂げた。

 だが、最近2年は思い描いた泳ぎを実践できないレースが続いた。古傷の右ヒザ、左股関節、右肩とさまざまな箇所に不安を抱え、強化とともにリハビリにも意識を向けなければならず、確かな手応えを感じられないまま時間だけが過ぎていった。

 大会前には「心が1回折れた」と明かす大橋だが、そんな苦境を救ったのが周囲の仲間だった。マネジャーらスタッフにはアルバムを作ってもらうなど、精神的なサポートを受けて「暗くなってずっと1人でいるようなときもあったけど、声をかけ続けてくれた。みんなのおかげで取れた金メダルだと思う」と感謝の言葉を口にした。

 滋賀・彦根市出身でご当地キャラクター「ひこにゃん」のグッズを持ち歩き、今大会は〝ひこにゃんソックス〟を履いている。地元にとっても最高のプレゼントとなったに違いない。