世界の荒鷲・坂口征二の恐ろしすぎる「ちゃんとやれ」 愛息・征夫&憲二が語った驚愕 “親子ゲンカ”

2022年03月05日 11時30分

ケンゾー(右)をプロレス界に導いたのが坂口氏だった(1999年=東スポWeb)
ケンゾー(右)をプロレス界に導いたのが坂口氏だった(1999年=東スポWeb)

【鈴木ひろ子の「レスラー妻放浪記 明るい未来」11】新日本プロレスは6日に旗揚げ50周年を迎える。創始者の〝燃える闘魂〟アントニオ猪木氏とともに団体の礎を築いたのが〝世界の荒鷲〟こと坂口征二相談役(80)だ。1日の「旗揚げ50周年セレモニー」でもOBを代表してあいさつし、プロレス界の重鎮たる存在感を放った。世界最大のプロレス団体「WWE」で活躍したKENSO(ケンゾー=47)&鈴木ひろ子氏(47)夫妻による連載「レスラー妻放浪記 明るい未来」第11回は、ケンゾーの恩師にあたる坂口氏の〝荒鷲伝説〟を公開する。


 昨年のケンゾーはアントニオ猪木会長の特番制作でほぼ一年にわたり、密着取材を重ねました。その中で古い映像を見ていると、改めて際立って感じたのが、当時の坂口征二・新日本プロレス会長の体格としなやかな筋肉でした。

 ケンゾーは23年前、初めて坂口会長にお会いしました。ラグビーのトップ選手を知るケンゾーにとって、大柄の選手は見慣れたものでしたが、坂口会長の前腕の太さと手の大きさには珍しく驚いていました。引き手をする、柔道選手独特の前腕の太さで、引退されて久しいのにもかかわらず硬く締まっており「やばいよ、人間じゃない」。

 プロレスラーである前に、日本を代表する柔道家だったことを感じさせるその肉体にケンゾーは感動していました。また、坂口会長と言えば業界では経営者としての手腕も優れていたことで有名で、新日本プロレスが財政難に陥った時も地道に立て直し、東京ドーム進出など、今の新日本プロレスの基盤を打ち立てた人物です。この、ビジネスマンとしても手腕を振るう坂口会長の口癖は「ちゃんとやるから」。

 ケンゾーがプロレスデビューをする頃、会長の御子息である坂口憲二さんはちょうどハワイの大学での留学生活を終えて、俳優デビューを果たす頃。坂口会長は時々海外の憲二さんに連絡し、体の大きいケンゾーのために特大の服や靴を送るよう頼んでくださっていました。

「おい、憲二がよ、アメリカからでかいの買ってきたから、取りに来い」

 会長から連絡が入ると、ケンゾーは一目散にオフィスに取りに行きます。いつも通りデビューに向けて叱咤激励を受け、話を終えて部屋を出ると、ケンゾーお決まりの忘れ物で携帯電話が鳴るのです。

「おい、お前よ、取りに来た服をよ、置いていってどうすんだよ」

「すみません」

「ちゃんとやれ」

 ケンゾーは御子息である坂口征夫選手と坂口憲二さんと交流がありました。憲二さんは芸能界、ケンゾーはプロレスと、世界は違えどデビュー時期が重なり、時々一緒に飲んだりしていましたが、二人の御子息は強い父・坂口征二を本当に尊敬されていました。憲二さんの話では、兄の征夫選手が学生時代に悪さをした際、坂口会長は征夫さんと取っ組み合いになったんだとか。

「親父はやばいよ。征夫さんの首根っこを片手でつかんで征夫さんをぶら下げて、階段を上ったり下ったりしてた」。それを聞いている当の征夫選手も「親父が相手じゃ殺されると思って、2階の窓から飛び降りた」と兄弟で息を合わせるのです。「腕っぷしでは親父にはかなわない。年が年なら、格闘技に出ても勝った」。坂口兄弟の言葉を聞くケンゾーも、確かに、と声をそろえるのです。

「ちゃんとやらないと、会長はやばい」

 とはいえ、プロレス界ともなれば、いろんな意味で「ちゃんとやれる」レスラーばかりではありません。ケンゾーがデビュー前にカナダで修行をしていた時のこと。武者修行を終えて帰国する際、坂口会長が日本から迎えに来てくださいました。会長と一緒に日本に帰国することになり、空港に到着すると、坂口会長がおもむろに口を開きました。

「おい、お前、ヘンなもん、持ってないか」

「持っていないです」

 ケンゾーはきっぱり答えて、数分後につけ足します。

「すみません。橋本真也さんに頼まれた〝アメリカのビデオ〟持ってます」

「ばかやろう。何本だ」

「5本です」

「それだけか」

「ほかにも少し」

「ちゃんとやれ」

 ケンゾーは税関を目の前に、泣く泣く〝ビデオ〟を捨てて、帰国しました。

 坂口会長は今年80歳。傘寿のお祝いを迎えられました。鉄の前腕を持つレジェンド。プロレス界随一のビジネスマンで、やんちゃなレスラーを束ねて支えてきた重鎮です。日本のプロレス界の立役者である坂口征二元会長が傘寿と聞いて時の流れを感じ、これからもずっとお元気でいてくださることを心から祈るのです。


 ☆すずき・ひろこ 1975年2月14日生まれ。千葉・船橋市出身。明大卒業後に福島中央テレビにアナウンサーとして入社。2003年にケンゾーと結婚し翌年に渡米。WWE入りした夫とともに、自身は日本人初のディーバ「ゲイシャガール」として大活躍。ハッスルやメキシコマットでも暴れ回った。現在は政界に転身し、千葉県議会議員を務める。一児の母。

 ☆ケンゾー 本名・鈴木健三。1974年7月25日生まれ。愛知・碧南市出身。明大ラグビー部を経て一度は就職するが、99年に新日本プロレス入り。2002年2月にアントニオ猪木から当時混乱していた新日本の現状を問われてリング上で「僕には自分の明るい未来が見えません」と発言したのは語り草だ。その後は米WWE、ハッスル、全日本プロレスなどで活躍。現在は共同テレビジョン勤務。191センチ、118キロ。

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