【東スポ創刊60周年】世界の王が語った「東スポ見出し」「16球団構想」「セ・パの格差」

2020年04月01日 17時00分

球界と本紙の未来へメッセージを放った王会長

【東スポ創刊60周年!各界から祝福メッセージ】野球界も東スポも高く昇れ――。4月1日で創刊60周年を迎えた本紙の特別インタビューにソフトバンク・王貞治会長(79)が応じた。世間では新型コロナウイルスが猛威を振るって先の見えない閉塞感が漂うが、球界の“ビッグ・ワン”は傘寿を前にますます意気盛ん。ユーモアたっぷりに60年の軌跡を振り返りつつ、話題の16球団構想から、セ・パの格差問題、古巣巨人へのエールなど、球界と本紙の未来へメッセージを放った。

 本紙が産声を上げたのは王さんがプロ2年目の1960年。“還暦記念”を語ってもらうのに、これ以上ふさわしい人もいないだろうと取材を申し込んだが、世はコロナ騒動の真っただ中だ。29日には、お笑い界のレジェンドである志村けんさんが新型コロナウイルスによる肺炎で死去。王さんも「我々と一緒に歩んできた人が…」と沈痛な声を漏らしていた。日本球界の至宝に万が一があってはいけない。取材を断られることを覚悟していたが、本来の開幕日だった3月20日。王さんは背筋をピンと伸ばして記者の前に現れた。

「すごいね、よくこんなに揃えたねえ。へえ、1000号まで応援してくれたんだ。打てなくて申し訳なかったね」

 目の前にズラリと並んだ過去の記事の数々に、王さんは大きな目を丸くして相好を崩した。本紙が創刊したのは1960年(昭和35年)4月1日。王さんはプロ入り2年目のシーズンを迎えた時だった。今でこそ王さんを語るときは“一本足打法”が代名詞となっているが、当時の本紙には「来季こそ2本足」といった見出しも躍る。

「うん、これは事実。一本足でやってきたことをそのままに、二本足でやったら安定感があるだろうということでね。川上(哲治)さんも荒川(博)さんも、良かれと思ってやらせてくれたんだけど、結果的にはうまくいかなかった。でも、あれで『俺は一本足でやっていくんだ』という確認ができた。それが55本につながっていったんだよね」

 当時創刊間もない本紙は巨人の大スターを必死で追いかけたが、当の本人は東スポという新聞の存在を知っていたのか。

「もちろん! 東京スポーツといえば、今のスポーツ紙の原型だよね。今は他の新聞が“東スポ化”していますよ。ん? これは…。『王は本塁打ばかり狙っている』だって? そんなことはなかったけどなあ。でもね、こういう見出しがいいんですよ。最初は異端児扱いされただろうけれど、東京スポーツが他はやらないような方法でニュースを大胆に取り上げたことでファン、読者にウケた。それで他の新聞も手法を見習っていったという印象を持っていますよ」

 王さんは長嶋茂雄氏(巨人終身名誉監督=84)とのONコンビでプロ野球の黄金時代を築き、本紙の紙面も大いに盛り上げてくれた。引退後も2000年にはダイエー(当時)の監督として、古巣を率いていた長嶋巨人と念願の日本シリーズ対決が実現した。

「もっと機会があるかなあと思ったけど、あれっきりだったねえ(笑い)。互いに監督をやるようになってからは『いずれはON対決を…』と思っていたけれど、ちょうど2000年という区切りの年にね。あれは神様のいたずらだと思ったね」

 注目されたONシリーズだったが、結果は2勝4敗で古巣に敗れた。当時の本紙にも、ライバルに敗れた王さんの悔しさがにじんでいる。それから19年後の昨季、常勝軍団となったホークスは巨人を堂々の4連勝で打ち破った。

「今になって思うのは、あの時に勝っちゃっていたより、負けたことが今のホークスにつながってきたと思っているんですよ。だから去年はああいう結果になったけれど、ジャイアンツにとっては次のステップ、馬力になると思うんですよね」

 離れても古巣。巨人に話が及ぶと、王さんの口調も思わず熱を帯びた。

「ジャイアンツにとっては屈辱であっただろうけれど、同じプロ野球界に身を置く人間としては、それをバネにチームを強くしてほしいね。やっぱり、ジャイアンツはある程度輝いていないとさ。V9なんかがあったから野球界での存在感は持っているけれど、今のままではだんだんとそれが薄れていく。存在感は勝つことで認めさせていかないとね」

 話題は徐々に球界の未来へ。古巣の原監督は打倒パ・リーグを念頭に、セ・リーグにも指名打者(DH)制導入を叫んでいる。両リーグを生き抜いてきたレジェンドは最近の“セ・パ格差問題”をどう見ているのか。

「まず、DH制度は大きいよね。投手は気を抜けるところがないわけでしょう? パ・リーグは途切れることがないから、攻撃的な野球をやる。だから投手もどんどん成長するよね。それとパ・リーグはドラフトで本当にくじ運がいいんだよな。そういう流れはつくれるものじゃないけどね」

 球界が前に進むための議論は大いに歓迎。勇気ある提言を放った古巣の後輩の背中を押した。

「DH制をやった方が野球は盛り上がりますよ。でもセントラルには歴史的に自分たちが野球界を最初から支えてきたんだというプライド、自負がある。メジャーのナショナル・リーグと同じでね。だから新しいことを取り入れにくいという特性はあるでしょう。ナショナル・リーグがDH制を導入すれば、セ・リーグも続くんじゃないかな。とはいえ、真剣に考えていい時期だと思いますね。パ・リーグに負け続けることは避けたいでしょうし、野球の質を上げるためにもね」

 プロ野球の未来のために王さんが最近ぶち上げたのが“16球団構想”。その真意をこう語った。

「僕は単純にクライマックスではなく、(プレーオフを)4チームでやるようにしたいんだよね。今は優勝チームが有利とは言えないよね。待っている間に勝ち上がった相手が調子づいちゃうこともある。同じ条件でということだよね」

 16チームを2つに分け、1リーグ8チームとする。

「今の6チームずつだと『なんだ、また同じ相手とやっているのか』という気がしてしまうんだよね。ウチで言えば、流れによっては千賀はいつも西武戦ばかりに投げているな、ということもある。1リーグが8チームになれば、そうはならないんじゃないかな。相手チームが多くなれば、ファンの人たちにとっても新鮮味が出るでしょう」

 独立リーグ球団を始め、熱意ある組織、人にNPB参入の門戸を開きたいという思いもある。

「いずれはプロ野球に入りたいと思っているチームもたくさんあるわけだからね。今のままでは夢が閉ざされちゃっている。まずはプロ野球界がそういうチーム、人たちと意見交換する場をつくったらいいと思うんだ。即、16チームにはなりませんよ。まずは13球団で変則になるかもしれない。でも最終的には16球団に持っていくんだという気持ちを持たないと。野球をする若い人たちの受け皿にもなるはずだから。野球のレベルやフランチャイズの問題があるけれど、(すでに)いろいろと話はしていますよ」

 少子化が進む中、球界の将来を担う人材の確保へ危機感も念頭にある。

「今は見たこともないようなスポーツがどんどん出てきているよね。ラグビーだってワールドカップで人気を博したし。少年野球は少子化で競技人口が減っていて、これはサッカーでもそうなんだけど、そういうことを当事者たる組織(NPBや高野連など)が真剣に考えなきゃ。(学生野球資格回復研修を受けた)イチロー選手、あれはものすごくいい。大きな前進ですよ。既得権がまだいろんなところにあるけれど、自分の権利より大きな意味の目標に向かって手を携えていかないと」

 球界のレジェンドは最後に球界と本紙へ、力強いメッセージを発した。

「野球界は前に向かっての変化に対しては意識して取り組んでいかないといけない。確かにどこも観客動員は増えたけれど、今のままでいいわけないんだ。例えばウチ(ペイペイドーム福岡)なら4万人入る。じゃあ、本当に入りたい人はどれだけいるのか。10万人が入る球場を造ったらいっぱいになるのかな、とかね。入りたくても入り切れないような、我々はそういう将来に持っていかないといけない。東京スポーツも同じですよ。僕は、球界に貢献してくれたことは認めているんです。独自の手法でメディアを大きく変えた。それがファンと我々の世界の結びつきを強くしてくれたからね。だからこれからも先駆者として、新たな方向へ向かってやってもらいたい。もっともっと自信を持ってやってもらいたいと思っていますよ」