無念の夏の甲子園中止決定――。高校野球の現場からは“どちらに転んでもイバラの道”という切実な思いがあった。
「誰かが悪いわけではない。コロナが憎い」
指導者として複数回甲子園出場経験のある現役高校監督は、深いため息をつきながら本紙に胸の内を明かした。
「個々に心のケアが必要な事案。この先も野球を志す人もいれば、区切りをつけてやめる人、別の進路に向けて勉強にいそしむ人もいる。それぞれ道があり、すべての人が大会を望んでいるかというとそうではない。(同じ甲子園を目指すにも)それぞれの思いや重みが違う。だから、代替案の腹案をこちらがこうしてあげたらいいと言うことは簡単にはできない」。慎重を期した中止決定を静かに受け止めた。
コロナが憎い――。その言葉に込められた思いは、単にウイルスそのものの脅威にさらされ中止に追い込まれたからではない。「残念なことに“自粛警察”もいますので。やってもやらなくても、かわいそうな学年です。やると決めた場合、決めたのは高校生ではないんですよね。でも、高校生が非難の対象になる」。多感な少年たちが傷を負いかねない世間の風潮を憎んだ。
インターハイも全国規模のコンクールも中止。運動部、文化部も休校が解け、通常の授業が再開されなければ部活動は再開されない。「なぜ野球だけいいのか」。開催すれば、不満が出ることは必至。反論しづらい境遇の中で受ける誹謗中傷は想像に難くない。
「やっても非難を受ける。本当にかわいそうで、残念です」(前出の監督)。現場の指導者たちは、そうした世間の声も、甲子園開催に暗い影を落とすことを強く懸念していたという。












