【追悼】神戸復興へ一役担った元阪神投手・安達くん

2016年01月07日 20時00分

亡くなった元阪神投手・安達智次郎さん(囲み写真は近影)

 元阪神投手の安達智次郎氏が7日未明、肝不全のため神戸市内の病院で死去した。41歳だった。通夜は8日午後7時から神戸市長田区のシティーホール高速長田、葬儀・告別式は9日午前10時から同会場で行われる。喪主は母の節子さん。兵庫・村野工時代に左腕エースとして2度、甲子園大会に出場。1992年のドラフト会議で松井秀喜(元巨人)の外れ1位で阪神に指名され入団したが、プロでは一軍登板なしで99年に引退。阪神の打撃投手などを務めた後、神戸市内で飲食店を経営していた。親交があったフリーライターの楊枝秀基氏が安達氏をしのんだ。

【悼む】生前の安達くんの顔を見たのは昨年12月2日が最後だ。体調を崩し、約2か月の入院生活から復帰。神戸・三宮で経営する焼酎BAR「Rocket Ball」のカウンターで普段通りに話した。もともと細身だが、さらにやせ細った体を心配すると「大丈夫。先生からも命に別条はないと聞いてますから」と気丈に言っていた。あれから1か月あまり…。早過ぎるよね。92年、阪神にドラ1で入団した左腕。それでも「僕は松井秀喜の外れ1位ですからねえ。プロ通算ゼロ勝です」と謙遜し、いつも笑いをとっていた。

 そんな人柄だから周囲に人が集まった。神戸の震災後には地元のイベントなどに積極的に参加。「神戸に人を呼び戻し、復興へ一翼を担ったことは間違いないと思う」と当時から安達くんを知る関係者は口を揃える。私事だが、前職の新聞社を退社し、フリーとなる傍ら、飲食店を出店するにあたっては助言ももらった。開業後も応援してくれた。野球選手の第2の人生の厳しさを身をもって経験した本人の言葉だからこそ身に染みた。

 一昨年には自著の出版イベントにも出演してもらった。軽快なトークで聴衆を笑いの渦に巻き込んだ。会場が盛り上がり本当に助かった。平田さん(現阪神チーフ兼守備走塁コーチ)のモノマネなんて最高やったね。最近は英語に熱心でTOEICの勉強もしてたよね。すべてに一生懸命だった安達くん、本当にありがとう。今はゆっくりと休んでください。

☆楊枝秀基(ようじ・ひでき)=1973年8月6日生まれ。神戸市出身。関西学院大卒。98年から「デイリースポーツ」でプロ野球担当記者として活躍。2013年10月に独立し、14年11月にはフォレスト出版から「阪神タイガースのすべらない話」を発売。神戸・三宮のスポーツバー&ダイニング「42」のオーナーでもある。