“芸人”と名乗るのが、好きだ――。一度は芸人を辞め、会社員生活も経験した吉本興業のお笑いコンビ「レモンティー」のあべてつあき(52)は、漫才への思いを断ち切れずに復帰した。テレビ西日本(TNC)の情報番組「ももち浜ストア」で中継コーナーを担当し、多彩なキャラクターでおなじみの存在に。2022年からは「TNC宣伝部長」として、SNSでも番組をPRしている。相方・山田ドゥとの歩みや芸人への思い、テレビでは見せない素顔まで笑いを交えて語った。
あべは意外にも、子供の頃は人前が苦手な恥ずかしがり屋だった。東福岡高時代は「一番暗かったかもしれない」。芸人に興味はなかったが、25歳の頃、中学時代の同級生・中村太一郎から「一緒に東京行って芸人やろう」と誘われ、福岡よしもとのオーディションへ。2人で「フリーク・ザ・グッド」を結成し、落選したはずが事務所から声が掛かり、所属芸人になった。
やがて山田ドゥと「アベドゥ」を結成。東京進出も考えたが、ケンドーコバヤシやチュートリアル、FUJIWARAらと共演し「こんなおもろい人たちがまだ全国デビューしてないんだ」と実力差を痛感して芸人を辞めた。花の卸会社で働き、2006年に結婚。芸人ではない時期にも、妻が内緒で応募した「新婚さんいらっしゃい!」に夫婦で出演し、初デートの温泉で妻の胸をザボンに見立てた話まで披露。見事ハワイ旅行を獲得した。
会社員生活は約3年続いたが、「漫才やりてえわ」と思いが再燃。妻からも「全然楽しそうに見えない」と背中を押され、「芸人しかできねえな」と福岡よしもとに復帰した。「レモンティー」として再出発し、09年にはM―1グランプリ敗者復活戦に出場。ネタ作りを長く任せてきた山田は、あべにとって「すごく面白い人間」。“攻める笑い”を好み、「ライブではすげえ笑いとるのに、テレビじゃ流せない」というネタも多い。そんな相方と組み、攻めたツッコミを磨いた。現在、大牟田市議会議員も務める山田とは、今もコンビ活動を続ける。
22年からは「TNC宣伝部長」として、SNSの動画で同局の番組をPRしている。裏番組までチェックし、視点はすっかり“局員”。「死ぬまで面倒見てもらう」と笑う。約5年にわたって新人アナに中継のノウハウも伝えた。浜崎日香里アナが新人の頃には、ボケるたびに「そのボケの何が面白いんですか」と質問攻め。自分のボケを一から解説する羽目になった。生放送では、バルーンフェスタでカレーなのになぜか箸を渡されたことも。ルウもご飯もすくえず、ジャガイモをつまんで「おいしいですね。ほくほくで。箸だとこれが限界です」と笑いに変えた。
「ももち浜ストア」の中継コーナー「あべちゃんカメラが行く!」では、多彩なキャラクターも名物だ。「あべちゃん総選挙」にはアベテツサンバ、浜崎ピカリン子、迷探偵ドコナン、吐夢来次らが立候補。数回しか登場していなかったアベミカがまさかの1位となった。現在はニューオープンマニアの親子「開店時行恵」「開店時行夫」なども演じる。普通の格好だと「今日ノーマルなんですね」とがっかりされ、「ちょっと寂しいですけどね」と苦笑する。女装にも慣れたが、「ミニスカートははききらんですね」。高校生の息子と中学3年の娘がおり、「『お父さん、博多駅前でミニスカートはいてたね』ってなったらもう…」。PTA会長も務めただけに「ロングのスカートまでです」。一方、子どもたちにとってテレビに出る父親は「それが仕事やし」と日常だ。
福岡を拠点にしてきたが、東京への思いは消えていない。声が掛かれば「行ってやってみようかな」と言う。「完全にそれはラストチャンス」だ。たとえ結果が出なくても「福岡だったら『おかえり』って言ってくれる」という思いもある。大笑いでなくても「ちょっとした元気」を届けたい。「いい年してよくやる」でも構わない。「何の仕事ですかって言われた時に、僕は芸人やってますって言うのがなんか好き」。今も胸を張って、“芸人”を続けている。














