32年ぶりの日本開催となるアジア大会(9月開幕、愛知)の結団式が19日に都内で行われ、選手ら約550人が出席し、健闘を誓い合った。自身初となるアジア大会で卓球の女子団体&混合ダブルスに出場する伊藤美誠(25=スターツ)が本紙の単独インタビューに応じ、復活劇の〝舞台裏〟を明かした。2024年パリ五輪は代表入りを逃して失意に暮れるも、世界を席巻したフィギュアスケート女王をヒントにメリハリ術を習得。地元への思いも大きな力となっている。
2024年パリ五輪の選考レースは、21年東京五輪の翌年からスタート。休む間もなく戦い抜いた約2年間の日々は、伊藤に大きなダメージを与えた。
伊藤 今思うことはいっぱいありますね。東京五輪を終えた後も、卓球ってオフシーズンがないので自分で休むタイミングをつくらないといけないじゃないですか。「あ、ここちょっと1年間休んどいてもよかったな」と思う瞬間もあったけど、事例がないので…。やっぱり1年間休んだりすると、世界ランキングも大きく下がりますし。
引退の2文字が頭をよぎることもあった。ただ、フィギュアスケート女子のアリサ・リュウ(米国)の生きざまが転機となった。リュウは22年北京五輪後に一度現役を退いた。約2年後に復帰を決断すると、26年ミラノ・コルティナ五輪は個人&団体で金メダルを獲得。世界的なスーパースターとなった。
伊藤 アリサ・リュウ選手の「すごく追い詰められて1~2年ぐらい休んだ」というような話を聞いて「それすばらしい」と思ったんですよね。私がその話を知ったのはパリ五輪の後だったし、現実的にはできなかったかもしれないけど、そういう考えがあってもよかったなと思って、少しずつ息を抜くというか、リフレッシュする機会を増やせるようになりました。
気分転換の重要性を実感し、25年世界選手権ではシングルスで銅メダル。新たな気づきで復活を遂げた伊藤は、アジア大会もモチベーションとなっていた。
伊藤 もともと20歳で辞めようと思っていたので(アジア大会に出るとは)思っていなかったです(笑い)。今回は海外だったら出ていなかったかもしれないけど、日本でやるので出ようと決めた部分もあります。地元の静岡に近い愛知で試合があるので「おじいちゃん、おばあちゃん来れるじゃん」って。日本で行われるのはうれしいです。
卓球の国際大会が日本で実施されるのは年1~2回程度。貴重な機会だからこそ、すべてを出し尽くす覚悟だ。
伊藤 大きな大会を日本でやる機会は少ないのでめちゃくちゃうれしいし、発展にもつながると思う。私が現役生活のうちに日本でアジア大会のような大会をやるのは最後になるかもしれないので、日本のみなさん、静岡のみなさんに見に来てもらって、近くで一緒に頑張りたいです。
卓球はチケットの売れ行きも好調の人気競技。新型コロナ禍で実施された5年前の東京五輪は無観客だったが、今回は大観衆の前で魅力を日本中に発信する。
☆いとう・みま 2000年10月21日生まれ。静岡・磐田市出身。2歳で卓球を始め、幼少期から頭角を現す。15歳で出場した16年リオデジャネイロ五輪は団体で銀メダル。21年東京五輪は混合ダブルスで日本史上初の金メダル、シングルスでは日本女子史上初の銅メダル、団体でも銀メダルに輝いた。24年パリ五輪は代表入りを逃すも、25年世界選手権シングルスで銅メダルを手にした。153センチ。













