【多事蹴論109】QBK事件に“世界の釜本”の見解は――。2006年ドイツW杯に臨んだジーコジャパンは「史上最強」と呼ばれ、MF中田英寿(ボルトン)をはじめMF小野伸二(浦和)、MF中村俊輔(セルティック)、MF稲本潤一(ウェストブロミッジ)、FW高原直泰(ハンブルガーSV)ら海外で経験を積んだ実力者が中心となり、02年日韓大会に続く2大会連続の決勝トーナメント進出が期待されていた。

苦悶の表情を浮かべる柳沢
苦悶の表情を浮かべる柳沢
試合を観戦する釜本氏
試合を観戦する釜本氏

 しかし、1次リーグ初戦でオーストラリアに1―3で完敗。俊輔のゴールで先制するも、MFティム・ケーヒルに2ゴールを許して逆転負けを喫する。後がない日本は第2戦でクロアチアと激突。一進一退の攻防の中、0―0で迎えた後半6分に事件は起きた。右サイドからオーバーラップしてきたDF加地亮のクロスにゴール前で完全フリーのFW柳沢敦は押し込むだけだったが、なぜか右アウトサイドで合わせたボールは飛び出していた敵GKの股を抜けて枠外へ転がっていた。

 これ以上ない決定的なチャンスで痛恨ミス。サポーターが陣取るスタンドも騒然となった。柳沢は両手で顔を覆うと、ジーコ監督もベンチであぜんとした表情で頭を抱えた。前代未聞の珍事。日本はその後も攻めあぐね、スコアレスドローで勝ち点1を分け合った。試合後のプレスルームのモニターには柳沢のシュートシーンが繰り返し映し出されていた。海外メディアも画面を見つめ「どういうこと?」と驚きの表情を見せていた。

 試合後、柳沢はシュートミスについて「うまくいかなかった。インサイドで蹴れば違う結果になったのかも」とし「急にボールが来たので」と釈明した。この柳沢のコメントに、日本のネット上では「急に(Q)ボール(B)が来たので(K)」とし、ローマ字でもじり「QBK」と命名。しかもサッカー界のみならず広く知れ渡り、ネガティブな意味で用いられる言葉として認知された。

 世界でも大きな話題となったシーンについて日本サッカー協会の副会長で国際Aマッチ日本最多ゴール記録を持つ元日本代表ストライカー“世界の”釜本邦茂氏も不満をくすぶらせ、宿舎内で「何やっとんのじゃ。あんなもん、ボールにかみついてでも入れないといかん」と漏らしていたという。チームスタッフは「怒っているというよりも、あきれている感じでしたね。何度も『入れんかい!』って言ってました」と明かした。

 ジーコジャパンは1次リーグ最終戦でスター軍団のブラジルに1―4で完敗。同大会では1分け2敗と白星なしで敗退となった。屈辱的な惨敗を喫した同大会の日本代表を象徴するシーンとして「QBK」は現在も語り継がれている。 (肩書は当時)