サッカー日本代表FW塩貝健人(21=ボルフスブルク)は24日、国際親善試合ウルグアイ戦(Qスタ)に出場。代表初ゴールとなる勝ち越し弾を決めた。
3―1で南米の強豪撃破に貢献した塩貝は、今夏の北中米W杯でもブラジル戦前に〝舌禍騒動〟が注目されるなど、その〝ギラギラ感〟が代名詞だ。横浜FCジュニアユースから国学院久我山高(東京)をともに過ごした同級生のFW中山織斗(同志社大)が、若きストライカーの意外な一面を明かした。
横浜FCジュニアユース時代の塩貝については「負けず嫌いではあった。努力していたと思うが、それはあまり良い方向に行かない感じというか。サッカーで突出した何かがある感じではなかった」と率直な印象を口にする。
国学院久我山高では、3年間を同じクラスで過ごした。身長が低い方だった塩貝は、高校入学から自主的に筋力トレーニングを始めていたという。盟友のフィジカル強化を見て「それでも足は遅くて、すごく重そうな感じになっていた。『それ合っているのかな』と思ったが、そこからその身体のまま足が速くなっていったので、こういうことだったんだと思った」と目を丸くした。
さらに、そのトレーニングは部内にも〝布教〟していた。「昼食を授業の間の10分休みで徐々に食べて、昼休みはメシを食わずにやっていた。塩貝が最初にやり出して、自分たちもそこについていった」と振り返った。主に一緒にベンチプレスや懸垂、スクワットなどをこなした。
この時も、塩貝の様子は「ベンチプレスは一番重い重量でやっていたし、(トレーニングの)量も一番多かったと思う」。仲間を巻き込む立場として、その内容にはこだわっていたようだ。
高校時代には、徐々に塩貝の努力の成果を中山も感じ始めるが、この昼休みのトレーニングの影響は「あまりないと思う」とまさかの指摘。「元々彼は個人的にもやっていたので、学校のトレーニングは、自分たちに教える目的もあったのでは。チーム全体として、もう少しやった方が良いのではないかと、一緒にやってくれていたのかな」と推測した。
そんな高校時代を過ごした塩貝は、今年3月に代表初招集され、W杯も経験したストライカーに成長。中山は「負けている時は、点を取るのは求められること。勝っている、または失点したくない状況でも、ハードワークや守備をする力はあると思う。代表の中でもかなり若い方だと思うので、ギラギラとも言われているが、そういう戦う姿勢や雰囲気、オーラはどんどん出してほしい」と期待を込めた。
高校時代のように、今後は代表チームでもどのような好影響をチームにもたらすのか、楽しみだ。












