渡哲也さんの7回忌を記念した特別出版として「渡哲也 自分に生きる120の言葉」(7日発売、青志社)が刊行される。昭和、平成の激動の時代を渡さんらしい矜持を持って生き抜く中で生まれた120の言葉を収めた。
渡さんの寡黙さ、大らかさ、誠実さから世間が自然に抱いたパブリックイメージは「理想の夫、理想の上司、理想の父親」だった。一方、渡さんは生前のインタビューで、知られざる素顔と率直で感動的な言葉を残している。その言葉は飾った言い回しや流行のフレーズとは無縁で、すべて自分の「行動」「生き方」に裏打ちされたものだ。
同書では、渡さんの少年期、青年期、俳優業、結婚、石原裕次郎さんとの絆や石原軍団、そして闘病、妻と子をめぐる、その生涯を追い「愛と死生観」を120の言葉として編さんしている。
例えば、裕次郎さんとの関係を語った言葉はこうだ。
「『どうも飲み足りないんだよ。酒屋もこんな時間じゃやってないよな』と言いながら石原の目は、『酒を探して来い』という目なんです」
旅館中の酒を飲み尽くした末、裕次郎さんがこうつぶやいた。そして、渡さんが旅館の調理場を探したところ、包帯を巻いた一升瓶があった。客が飲み残した酒を集め、料理に使う用だという。
渡さんは「そのカン冷ましとニンニク、冷蔵庫からバターを持って帰りました。部屋にある石油ストーブに火をつけ、ヤカンを乗せる台がありますね、そこにバターをひいて、ニンニクを焼いたんです。ニンニクをつまみに石原は、『哲……これ最高だね……』何が最高ですか……。その日は、ロケに一睡もしないで行きました。石原は撮影は無しでした。でもあの笑顔を見るとみんなゆるせてしまう、そんな人なんです」と明かしている。
ほかにも、息子の暁史さんに自らのがんを告げた際の言葉も胸を打つ。
「『お父さんはがんだ』と言ったら、こらえきれず泣きだしそうになった。父親より大きくなったといっても、泣き顔は幼いときの表情そのままです。それを見ていると私は、自分の欠点ばかり受けついでいるような息子に、ありったけの愛情を注いでやりたくなりました」
渡さんが遺した言葉は、価値観が揺らぐ令和だからこそ、多くの人の心を照らす〝灯〟になるのかもしれない。













