【衆院選2026 私はこう見る】今回の衆院選で、自民党が議席を増やす可能性はあります。しかし、それは大勝と呼べる水準にはならないと見ています。新総裁効果によって支持率は最悪期を脱していますが、創価学会票の喪失、小選挙区での野党協力、参政党が削る票を考えれば、「思ったほど増えない」というのが冷静な見立てです。解散の大義としては、極端なことをいえば「勝てば官軍」なのですが、与党は限定的な意味での勝利にとどまるでしょう。
むしろ今回の選挙の本質は、議席数の多寡ではなく、日本政治が中道改革連合ブロックを軸に再編されるかどうかにあります。長らく自公連立は、経済、安保、社会政策で異なる志向を組み合わせることで安定を保ってきました。しかし政治資金問題を契機に公明党が距離を取り、その結果、立憲民主党と公明党による中道改革連合が小選挙区で存在感を発揮しています。
一方で、自民党と維新の連合体も、従来型の保守とは異なる様相を見せています。経済政策では財政拡張を企図しており、必ずしも保守派とは言えません。しかし、結果として国民民主党が掲げてきた政策の一部が吸収され、国民民主は立憲・公明にも、自民・維新にも完全には寄り切れない、構造的に曖昧な立場に置かれています。今回の選挙で最も注目すべき点は、国民民主党がどれほど議席を獲得するかです。まだまだポテンシャルはありますので、伸ばすでしょうが、その伸び率は投票率しだいでしょう。
有権者の判断軸は、必ずしもイデオロギーだけではありません。穏健保守の多くは、憲法改正や象徴論争よりも、今の生活の安定を重視しています。高市政権への期待も残っていますが、それは熱狂ではなく、「まだ失望していない」という程度の支持に近いものです。この層がどこに票を投じるかは、投票率と選挙終盤のメッセージ次第、つまり個人技で大きく変わります。
政治はしばしば民意を読む力が問われますが、実際に民意をどこまで細かく読む意思があるかというと疑問が残ります。政治は人間が行う以上、縄張りや裁量への執着が生まれ、合理的な選択からはかけ離れがちです。今回の選挙は、その結果として生まれたポピュリズム的な数々の選択肢の中から、有権者が何を選び取るのかを試す場でもあります。
自民党がどれほど勝つか以上に、日本政治が安定と改革の間でどの均衡点を選ぶのか。その答えこそが、この衆院選の歴史的意味になると考えています。













