【山口敏太郎オカルト評論家のUMA図鑑#584】東スポUMA図鑑では、これまでいくつかの巨人UMAを紹介してきた。マレーシアの首都クアラルンプールで目撃・撮影されたことで話題になった多頭巨人(#85)や、2000年代に米軍がアフガニスタンで遭遇し戦闘になったと言われる赤毛の巨人(#296)、今昔物語に記されている茨城県の海岸に漂着した巨人(#167)など、巨人にまつわる目撃・実在話は尽きない。
巨人伝説といえば、その最も有名なものは「パタゴン」であろう。南米大陸のアルゼンチンとチリにまたがるパタゴニアという地域の名の由来にもなったことで知られる巨人パタゴンは、16世紀から18世紀にかけて欧州の船乗りなどの間で広く知れ渡っていた巨人族と言われており、その大きさは人間の4、5倍もあったとされている。
現在では、パタゴンはせいぜい190センチメートルほどの高さだったと考えられ、マゼラン探検隊の一員であったアントニオ・ピガフェッタが、人間の2倍以上にもなる姿でスケッチをしたことから、誇張されて広まってしまったのではないかという説が有力視されている。
しかし、その一方で巨人パタゴンの実在を裏付けるようなものが残されているという報告もある。
19世紀、米国や英国の見せ物小屋で公開され、人々の間で大きな話題となったとあるミイラが存在していたという。「カプ・ドワ」と呼ばれるそのミイラは、身長3・7メートルもあり、驚くべきことに頭部が2つある双頭の巨人なのである。
1673年、とあるスペイン人の船乗りがパタゴニアでこの双頭の巨人を発見し捕らえ、生きたまま連れ帰ろうとマストに縛り付けた。しかし、巨人はそれを振り払って脱走を試み、その際に戦闘になった末にやりで胸を突き刺されたことで、息絶えてしまったという。
巨人の遺体はミイラ化した後、英国に持ち込まれ、何年にもわたってさまざまな興行主の手を渡っていき、1914年にはウェストンにて45年間展示された。1959年にはトーマス・ハワードという人物がこれを買い取り、米メリーランド州ボルチモアに送り、ロバート・ガーバー夫妻が所有するアンティークマン社のコレクションとして保管されるに至る。カプ・ドワは、こうして現在でも閲覧が可能となっている。
だが、ガーバーによるこのカプ・ドワの説明は上記のものと異なっている。この巨人のミイラはパラグアイのとあるビーチで発見されたものだという。胸にいくつもの刺し傷が残った状態で発見されたその遺体は、現地民の手でミイラ化され、英国人船長ジョージ・ビックルが本国へ持ち帰り、数年間美術館で展示された末に、ボルチモアに渡って来たというのだ。
医学的に認められた長身記録は2・72メートルで、もっと生きていればより背が伸びていたとも言われている。さらに、現在でも結合体双生児の中で頭部が2つあるような状態で成人した双子もいることから、各特性からすれば可能性がゼロであるとは言えない。とはいえ、双方を兼ね備えた存在が、これほどに成長可能なのかと考えると疑問を持たざるを得ない。
カプ・ドワは、いくつものミイラがツギハギされて双頭の巨人に見立てられたものであるとの説が有力視されているが、一方で双頭自体は本物ではないかとの説もある。今なお諸説紛々とした、なんとも奇妙な、そして異質な巨人のミイラと言えるだろう。
【参考記事】
Kap-Dwa
https://cryptidz.fandom.com/wiki/Kap-Dwa
巨人生存の証拠なのか?3.7メートルの双頭巨人「Kap Dwa」
https://mnsatlas.com/?p=19293












