オーストラリアの先住民族であるアボリジニには、川や湖といった水辺にすみ、人間の夢の中に現れるという不思議な精霊「バンイップ」(別名をバニープ、ヤーフーとも呼ぶ)の伝説がある。

 このバンイップはあまり人間に対して友好的ではなく、自分のすみかや縄張りを荒らされると襲い掛かってくるとされていた。特に女性や子供を狙って水中に引きずり込むとも言われていたため、アボリジニたちは水辺に近づかないようにしていたという。

 一部の部族では“悪魔”と呼ばれていた。

 伝説上の存在であると考えられていたバンイップであったが、19世紀ごろからなんと実際の目撃例が出始めた。特に1812年「シドニー・ガゼット」紙がバンイップが存在していることを報道してからは目撃証言が急増した。

 1847年にはバンイップのものとみられる奇怪な生物の頭蓋骨が発見され注目を集めた。このころは奇怪な声や奇怪な動物の姿を見たとする人々が立て続けに現れ、一種のパニック状態にも陥ったという。

 現存するバンイップのものとされる骨は下顎が発達し、大きな頭部には眼窩が一つのみ、という非常に奇妙な形をしている。まるでサイクロプスのようなこの頭蓋骨を見た当時の人々の恐怖はいかほどだったであろうか。

 また、1974年にはバンイップに懸賞金がかけられ、生死にかかわらず捕獲した者には3000オーストラリアドルの賞金が授与されると喧伝された。

 バンイップの目撃証言が多数寄せられているのはオーストラリア大陸東南部のニューサウスウェールズ州や北東部のクイーンズランド州。特にジョージ湖やバサースト湖で多発している。

 体長は1〜2メートルほどで共通しているが、いくつかの既存生物の誤認や未確認生物の情報が混じっているのだろうか?バンイップにはさまざまな形態が伝えられている。

 象に似た長い鼻を持っているとか、ワニのように硬い甲羅で覆われているとか、最もよくあるバージョンは「馬ないしはブルドッグに似た頭部を持ち、体はアザラシを巨大化させたようであり、毛深く4本のヒレで行動する」というものだ。

 なお、この容姿は1977年にニューサウスウェールズ州のマグガイア川付近で目撃されたバンイップとされる生物の姿を基にしている。

 ちなみに、この事件の現場では異常な悪臭と奇妙な足跡と引きちぎられたような子羊の死体も残されていたという。

 バンイップの正体は今のところ不明である。しかし、前述した現存するバンイップの頭蓋骨については、専門家の検証により新種生物のものではなく、現存する生物の奇形(子馬、鳥、ラクダなど)のものであるとの結果が出ている。

 その後、この貴重な頭蓋骨は行方不明になってしまった。

 バンイップの目撃証言が出始めた19世紀はオーストラリアに移民たちが住み始めて間もないころであった。彼らが新大陸で目撃した奇妙な有袋類たちの姿が、くしくも先住民たちの幻想した精霊、バンイップと重なって生まれた“新たな伝説生物”が未確認生物バンイップの正体だったのかもしれない。