【山口敏太郎オカルト評論家のUMA図鑑#537】トルコの都市イスタンブール。この地の近海では今からおよそ1500年前の6世紀、コンスタンティノープルであった時代に、とあるシーモンスターが目撃されていた。それは巨大クジラ「ポルピュリオス」と呼ばれ、いくつもの船を沈めたことで、半世紀にもわたりビザンティンの船員たちを恐怖に陥れていたのだ。
ポルピュリオスは、同時代に活躍した戦車兵ポルピュリオス、あるいはギリシア神話に登場する巨人ポルピュリオーンにあやかって命名されたと言われている。また、巨大クジラの体の色が紫であったと言われていることから、深紫を意味するポルフィラに基づいて名付けられたのではないかとも。紫色の巨大クジラとは、なんとも幻想的な印象を与えるものだ。
東ローマ帝国の歴史家プロコピウスによると、その大きさは体長が13・7メートルで体の幅が4・6メートルであったという。だが、これ以外のポルピュリオスの特徴に関する情報については、文献はおろか図版でさえ残っておらず、それどころかどんな種類のクジラであるかも不明なままだ。
ポルピュリオスは、前述したようにコンスタンティノープル近海で出現したそうだ。特に、ヨーロッパとアジアの間に位置する内陸の海であり、当時から東ヨーロッパ諸国をつなぐ重要な水路となっていた黒海では、河川交通も盛んだったことから被害が深刻であったという。
東ローマ帝国の皇帝ユスティニアヌス1世も、この巨大クジラの存在には非常に頭を悩ませており、捕獲を画策をしたもののことごとく突破され、他に何の策も講じられないままに年月だけが過ぎていった。
しかし、ある時思いもよらない事態が発生した。黒海の河口近くの浅瀬で、なんとこのポルピュリオスが座礁しているのが発見されたというのだ。これがチャンスとばかりに集まった住民たちは、暴徒と化したかのように斧などで攻撃し、とうとう解体されることとなった。そこでは、住民たちがポルピュリオスの肉を頬張りながら祝杯があげられたというのだ。
しかし、この解体された生物が、本当に人々を恐れさせた巨大クジラであったかは実のところ定かではない。そもそもポルピュリオスは、何年も姿を現さなかった時期もあり、実は座礁したのは全く別の生物だった可能性もある。
打ち上げられたその生物は、シャチだったのではないかとも考えられているが、実際にポルピュリオスの正体の一候補として、異常に成長したシャチがあげられている。
また、体長から見ると、オスの体長が平均16メートルにも及ぶマッコウクジラに近い。マッコウクジラは、深海でダイオウイカと戦っているとされ、気性も荒いと言われている。マッコウクジラに人間が飲み込まれたというニュースもこれまで実際に起こっており、人間や船を襲う可能性は十分に考えられるだろう。
とはいえ、ポルピュリオスがその後、ぱったりと姿を見せなくなったことは確からしい。さすがに半世紀という間では、活発だった時期もあれば、徐々に体力も衰えていっただろう。人違いならぬクジラ違いをされたかもしれない〝本物のポルピュリオス〟は、マッコウクジラとともに海底でその余生を過ごしていたのかもしれない。













