米国の名門・スタンフォード大に進学を決めた岩手・花巻東高の佐々木麟太郎内野手(18)が20日、同校で報道陣の取材に応じた。進路が注目されていた高校歴代最多となる通算140本塁打を放ったスラッガーは「世界でもトップの大学であるというのは重々承知している。不安もありますが、覚悟を持って決断した」と語った。実は、この選択には今やMLBのトップに君臨するドジャース・大谷翔平投手(29)の〝生きざま〟も踏襲されていたという。一体どういうことか――。
究極の文武両道を目指す佐々木にとって当面の課題は9月の正式入学に向けた英語理解力、語彙力、文章力などの向上となる。「言語の習得が最優先」という本人は現在、トレーニングのかたわら英語の猛勉強に励み、3月の高校卒業後はビザの準備が整い次第、渡米し4月からのプレクラスを受講しながら練習に参加していくことになる。
そして将来について「2年後以降、大リーグやプロ野球のドラフト会議で指名してもらえるチャンスもある。未熟な部分をレベルアップして指名をされるよう頑張りたい」と2年、3年と2回にわたってMLB、NPBのドラフト指名が受けられる可能性についても言及した。
父親である花巻東・佐々木洋監督(48)は「野球選手としても人間としても可能性を伸ばしてもらい、日本に何か貢献できるような人間になってほしい」とその将来に期待を寄せている。
過去に菊池雄星(32=ブルージェイズ)、大谷翔平というメジャーリーガー2人を送り出している名将の指導理念は「常に常識を疑い、非常識を常識に変える生き方」を志向させ「日本人の思考そのものを変えていく」というもの。
過去にその年の超目玉選手がドラフトの直前までメジャー行きの可能性を模索していたのは長いプロ野球史の中でも2009年菊池、12年大谷の2度しかないことは偶然ではあるまい。
世代のトップ選手がそのままドラフト1位指名を受けNPBでプレーをするという〝常識〟を疑い〝新たな道〟〝道なき道〟を切り開く視点が今やMLBのトップに君臨する大谷翔平の二刀流にも投影されている。
そしてその菊池、大谷ドラフトに影響を与えたのは08年の新日本石油ENEOS(現ENEOS)のエース・田沢純一がNPB球団からのドラフト指名を拒否し、レッドソックスとメジャー契約を結んだいわゆる「田沢問題」だった。
これに強い関心を持った当時の佐々木監督は、田沢周辺の関係者に直接ヒアリングをし、アマチュアのトップがNPBを経ずじかにメジャー挑戦をするための手法を学び菊池や大谷への提案につなげていったという。
もちろん、今回の息子・麟太郎に対する米大学進学も佐々木監督からの提案があってのもの。菊池、大谷の時代とはMLBのルール自体に変更があり、麟太郎が高校卒業と同時にメジャー挑戦を目指すには昨年7月末の時点で「インターナショナル・アマチュアFA」選手として登録される必要があった。
花巻東にとって夏の甲子園大会直前のタイミングで主将の麟太郎がこの決断を下すことはできず、それに変わる新たな選択肢として浮上したのが指揮官自身がかねてから温めていた新機軸・米大学進学だった。この新たな提案が未来の高校球児の選択肢となるか。麟太郎の今後が注目される。











