東京箱根間往復大学駅伝(箱根駅伝)は2024年で第100回を迎える。これまで〝お正月の風物詩〟として国民に愛され、タスキに込められた一つひとつの物語は多くの視聴者の心を動かした。日本テレビの元スポーツ局次長・坂田信久氏(82)は「不可能」と言われいた全国中継を1987年から実現させた舞台裏を明かした。
【箱根路がお茶の間に届くまで(5)】不可能と思われていた箱根駅伝の全国中継を成功させたことは、日本テレビにとって大きな起爆剤となり、現在の発展に大きくつながっているという。シード校と予選会を勝ち上がったチームで争う箱根路を張りする選手に対し、大勢の観衆が沿道から声援を送るのは、もはやおなじみの光景だ。
坂田氏は「日本人の気質に合っている面もあると思うが、命を懸けるような思いでトレーニングをしてきて、その中で選手に選ばれて、懸命に走るすごさが伝わっているのだと思う」と反響の要因を分析。視聴率も毎年のように高い数字を残していることから、その影響力は学生スポーツのイベントとしては、ケタ違いと言えるだろう。
先人たちが地道にタスキをつなぎ、ついに100回大会へ突入。坂田氏は未来の箱根駅伝を担う日本テレビの後輩たちに伝えている言葉がある。
「テレビは箱根駅伝を変えてはいけないし、箱根駅伝は変わってはいけない。時代が変わっていくほど、変わらない箱根駅伝の価値がもっと高くなる。歴史を大切にし、関わった人全てのそれぞれの思いを伝えないといけない。もう一つは箱根駅伝を中継させてもらっているという気持ちで仕事をしてほしい」
感謝の気持ちを持って活動するのはテレビマンだけではない。選手たちも同じ。競技だけを頑張ればいいというのは過去の話だ。坂田氏は「今は社会貢献活動も大事。例えばだけど、ゴミ拾いをする大学とかも今はあるみたいだし、そういう行動はうれしいね」と笑顔を見せた。
大会ごとにドラマが生まれてきた箱根路。次の100年はいったいどんな物語が築かれていくのか。坂田氏の思いは次世代に受け継がれていく――。(終わり)












