名将が考える〝大学スポーツ〟のあり方とは――。1920年にスタートした東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)は、2024年で100回の節目を迎える。史上初の2年連続3冠に王手をかけた駒大が優勝候補の筆頭だが、青学大の原晋監督(56)は、泰然自若の構えを崩していない。単独インタビューでは、駒大と渡り合うためのポイントを激白。さらには日大アメリカンフットボール部の大麻問題をはじめとする大学スポーツ界の不祥事について、自身の見解を語った。

 ――箱根駅伝まで1か月を切ったが、現在のチームの状態は

 原監督(以下原)春は個人競技を大切にしてスピードを強化し、夏合宿で走り込んで、秋の駅伝シーズンに戦うという一連の流れは、例年通り変わりはない。その流れの中では今のところ、ほぼ順調に来ているような状況です。

 ――現状では駒大が頭一つ抜けている印象だが

 原 学生スポーツは毎年選手が入れ替わるので、こうした現象は当然起こる。今は駒大に負けじと青学大だけでなく、多くの大学が強化に励んでいる。駒大に挑む上で、青学大としては自滅しないことだけ。自分たちのメソッドの中でやるべきことを粛々と淡々と行って、予定通りのメンバーでスタートに立つ。もうそれしかないですよね。

 ――青学大の強みは層の厚さか

 原 組織として強くなるというコンセプトで20年間やっていて、現に5000mの選手44人の平均タイムが14分00秒(11月時点)なので、育成のノウハウは確立できている。個々の努力が結果として一番になれば最もうれしいが、箱根駅伝はあくまでも大学スポーツ。箱根駅伝を通して、みんなで努力し合う文化をチームに浸透させるという考えを忘れてはならない。ただ勝ちさえすればという文化だったら、大学スポーツの本分というものが失われてしまうと思います。

 ――日大アメフト部の大麻問題など、大学スポーツ界で不祥事が相次いでいる

 原 やっぱり大学スポーツには影響力があるし、メジャースポーツになればなるほど(影響力が)強くなる。日大を例にとると卒業生が120万人以上いて、親族も含めたらその倍以上の人が日大に関わっている。上手に機能していけば、それだけの応援団がいるわけだが、不祥事が起こると、逆の方向に針が振れてしまう。スポーツは社会に及ぼす影響力が良くも悪くもあるということを指導者、選手は認識するべきだと思います。

 ――どう改善していく必要があるのか

 原 社会課題を解決できる思考を持ちながら組織を運営しないと、世の中のお荷物になってしまう。だからこそ、新しい文化をつくる思考を持たせることが大事になる。チャレンジをする、あるいはあきらめない気持ちを今の日本の若者は失っているのでは。インターネット等々からの情報だけをうのみにして物事をつくる思考ではなくて、成功も失敗も経験しながら新しい文化をつくっていくことで、本物の文化をつくり出すことができると思う。我々はそういう経験を大好きな陸上競技を通じてやっています。

 ――箱根駅伝での学びが社会人になっても生きる

 原 例えばビジネスマンになったら、大きな舞台でプレゼン(プレゼンテーション)をする機会があると思う。その時に大舞台での経験は社会に出ても役立つのでは。ハイレベルな戦いにチャレンジをしていく上で、ライバルがいる。そのライバルに勝つためにどうするべきか、どう立ち向かっていくかなどのフレームづくりはスポーツから学ぶものもある。スポーツでそれらを体験していくことが、ビジネスマンとしても成功に導く一つのカギになるのかなと思います。

【新著を出版】長きにわたり低迷していた青学大を〝常勝軍団〟に育て上げた原監督は、11月に最新刊「最前線からの箱根駅伝論 監督就任20年の集大成」(ビジネス社)を出版した。日本中が注目する箱根駅伝を戦う上で、貫き続ける〝鉄則〟を告白。初めて明かす駅伝への熱い思い、冷徹な現状分析、未来のあり方など、自身の考えを包み隠さず明かした。指揮官は「常に物事の本質を求める方に必見です」と呼びかけた。

☆はら・すすむ 1967年3月8日生まれ。広島県出身。世羅高で主将として全国高校駅伝準優勝に貢献。中京大学3年時には、日本インカレ5000mで3位入賞を果たした。中国電力では5年間選手として活動。引退後は同社の営業部で輝かしい実績を残し「伝説の営業マン」と呼ばれた。2004年に青学大陸上競技部監督(長距離ブロック)に就任。15年~18年には史上6校目の箱根駅伝4連覇を達成した。19年からは同大地球社会共生学部教授も務める。