いよいよ明日11日、永世位の「名誉王座」獲得を目指す永瀬拓矢王座(31)と八冠を狙う藤井聡太七冠(21)が激突する第71期王座戦(日本経済新聞社主催)5番勝負第4局が行われる。
どうしても藤井七冠にスポットライトが当てられがちだが、ここ一番での勝負強さに定評のある永瀬王座に注目してみたい。
Abema「将棋チャンネル」でもおなじみだが、今や観戦時にAI評価値が表示され、局面の優劣が数字で可視化されるのことは当たり前になった。終盤戦の難解な局面で両者の評価値が揺れ動く様子は、将棋に詳しくない人に対しても対局場の緊迫感を具体的に伝えてくれる。同時に、AI評価値の可視化は、棋士たちの戦略の片鱗を理解させるツールとしても機能している。
2023年9月8日に行われた第82期A級順位戦第3局。永瀬王座の先手で始まった序盤戦は乱戦模様で、AI評価値は後手・斎藤慎太郎八段の「微差で有利」を示した。
一般的に、序盤戦は先手が主導権を握ることが多く、後手有利の状況は意外であったが、実はこれが永瀬王座の仕掛けた〝罠〟だった。
リードを保つため斎藤八段が長考し、苦労の末一手指すと、すかさず永瀬王座が次の手を指す。これが繰り返され、見る見るうちにお互いの持ち時間に差が生まれ始めた。
60数手目の段階で、斎藤八段の消費時間5時間に対し、永瀬王座の消費時間はわずか10分。永瀬王座はあえて、「自分が若干不利だが、徹底的に研究した局面」に斉藤八段を誘い込んだのだ。
棋士にとっての「研究済みの局面」とは、いわば数学における「公式」を知っている状態に等しい。三平方の定理を知っている者と、公式を自力で導かねばならないものが相対していることをイメージすれば、その差は歴然であろう。
永瀬王座は、自身が研究済みの局面に淡々と対応していくのに対し、斎藤八段は、未知の局面でのリードを保つために持ち時間を大幅に消費。中盤戦の微妙な駆け引きに費やせる時間が残っておらず、徐々に形勢は永瀬王座に傾いていく。最後は永瀬王座が序盤にため込んだ時間を大量に投入して詰みまでを正確に読み切り、斎藤八段の投了に至った。
あえて自分が不利な局面に相手を誘い込み、豊富な研究に裏付けられた大局観から相手を圧倒する。将棋ファンには目の前に表示されるAI評価値が全てと思い込みがちだが、それすらも逆手に取り勝利をもぎ取るのが勝負師・永瀬王座だ。
AI時代においても、我々が対話し、時に勝負する相手は、あくまで「人間」なのであり、そこでは我々が培ってきた戦略や知恵は、これからもさまざまな形で価値を発揮し続ける。そんな勝負術を目の当たりにした一局だった。












