【今週の秘蔵フォト】切ないまでの美しさで日本映画界を代表するスターだったのが、大原麗子だ。多くの映画やドラマも忘れがたいが、1980年のサントリーレッドCMのセリフ「すこし愛して、ながーく愛して」は流行語にもなるほど人気を呼び、実に10年間も放送された。
64年のNHKドラマ「幸福試験」でデビューすると、翌年には東映に入社。高倉健の「網走番外地」シリーズなどで一気にトップ女優となった。人気絶頂期の75年にギラン・バレー症候群を発症したが、約2か月間の入院後に見事に復帰。76年3月6日付本紙では復活を果たした大原のインタビューを掲載。病後とは思えない美しい写真が紙面を飾っている。
「8キロも太っちゃって。顔もこんなにまんまるになっちゃった。17、18歳の女学生に間違えられるのよ。和服ばかり着ようかしら」と笑顔を見せた。復帰第1作は4月からのNET(当時)名作劇場「絣の花」に決まっていた。大原は「ファンの方から手紙や千羽鶴をたくさんいただきました。読んでワアワア泣きました。こんなにもファンの方が…と。ですからいい仕事をすることが私のできるお返しです。女優ですもの。私は」と語る横顔には固い決意がにじみ出ていた。
その後は快調に多くの映画、ドラマに出演。NHK大河ドラマは6回を数え、主役を演じた89年「春日局」は歴代3位の視聴率を記録した。もはやこの時点では押しも押されもせぬ大女優となっていた。
私生活では2度の結婚と離婚(渡瀬恒彦、森進一)を経験したが、2009年8月に自宅で亡くなっているところを親族らに発見されるという孤独な最期を遂げた。62歳の若さだった。
高倉健演じる昔の恋人に思いを残しながら孤独のまま亡くなってしまう薄幸の美女を演じた名作「居酒屋兆次」(83年、東宝)のエンディングを思い出し、涙を落としたファンも多かったのではないか。しかし作品に残された美しさは、永遠に色あせない。万人に長く愛され続けるだろう。(敬称略)













