【今週の秘蔵フォト】2020年の「麒麟がくる」などNHKの大河ドラマでは5本に出演し、数多くの映画やドラマなどで活躍し続けている名女優が真野響子だ。
73年のNHK「出会い」でテレビデビュー。この時のプロデューサーである和田勉氏に芸名をつけてもらい、同年のTBS系「夏の別れ」、76年の大河ドラマ「風と雲と虹と」で人気を確立した。
77年には渥美清主演の国民的映画「男はつらいよ・寅次郎と殿様」で17代目のマドンナ役に選ばれて、女優としてのステータスを上げた。77年7月24日付本紙では、8月の公開前の真野のインタビューが掲載されている。見出しは「寅さんの17人目のヒト 表情万華鏡」。当時25歳だった。
「寅さんの映画は大好きでよく見ていたんです。浅丘ルリ子さん、若尾文子さん、池内淳子さん…私なんかペーペーですから。素顔はどっちかといえばカラカラッとしたほうですね」と謙虚に語っている。
清泉女学院高から桐朋学園短大演劇科卒業後に73年、劇団民藝へ。父親の仕事の関係でサンフランシスコでも暮らしたことがある帰国子女だった。中学時代には自分の事を好きだと言ってくれた男の子のことを蹴り飛ばしたというエピソードも出ていたが「違うの。からかって言いふらした別の男の子を蹴飛ばしたんですよ。自分のことを好きだと言ってくれた男の子を蹴るわけがないでしょ」と男勝りの面も語った。
劇団民藝では稽古場係つまり掃除係兼営繕係という地味な役も務めた。「稽古場のカーテンの破れを繕ったり、トイレの掃除をしたり…。(演出家の)宇野(重吉)先生が玄関のゴミを拾いながら『僕がこんなことをすると君らに嫌味に見えていけないかな』とおっしゃる。でね、私は『偉い人になると大変ですね』なんて言っちゃう」と笑った。
当時から日本演劇史でも屈指の大御所の前でも全然ひるまない度胸を持った“大物”だったようだ。それが女優としていつまでも若いまま、長く活躍できる秘訣なのかもしれない。 (敬称略)

















