【今週の秘蔵フォト】1970年代前半にデビューした同学年の山口百恵、桜田淳子、森昌子の「花の中三トリオ」は、芸能界史でも長く記憶に残る名キャッチフレーズといえる。後に国民的スーパースターとなる山口に比べると「せんせい」で72年にデビュー(山口と桜田は73年デビュー)した森は、庶民的なキャラクターで人気を集めた。
78年10月14日付本紙には森が20歳の誕生日を迎えた日(10月13日)のインタビューが掲載されている。見出しは「二十歳になった〽あわい初恋」だった。「きのうきょうなので気分的にはそう変わりませんが、やはり大人の仲間入りを果たした訳ですから、しっかりしないとね。先日、13歳の時のVTRを見たんですが、全然変わっていないんですよ。背は少し伸びましたけど、エヘヘ」とテレながらも大人の笑顔を見せた。
この年はデビュー7年目ということで「MM7」(エムエムセブン)のキャッチフレーズを掲げて活動範囲を大きく広げた。浅草国際劇場公演、東宝映画「お嫁にゆきます」、リサイタル「熱唱! ひとり舞台」の5大都市公演と大活躍を見せた。
「十代最後の年にたくさんの経験をして、いい思い出になりました。映画では憧れの花嫁衣装も着ましたし、リサイタルも1人で2時間もやり、自信がつきました。1日1日が充実してものすごく楽しかったですね」と振り返った。
20歳になって最初の大仕事も控えていた。10月15日からテレビ朝日系「おはなちゃん繁昌記」で初めて連続テレビドラマに主演。ドジで涙もろくてお人よしだが、持ち前の明るさと正義感と行動力で、奉公先で発生する難事件を解決していくお手伝いさん役を演じた。
「来年はお料理とか和裁を習いたいですね。やはり女ですもの」と語ったが、記者が7年前に1度だけしか水着姿を披露していないことについて聞くや「キャハハ、デビューした時、1度だけですね。写真に撮られると思うと恥ずかしいんです。これからも絶対にありませんよ」と笑顔で否定した。
森は山口、桜田と同じアイドル路線から別離するように前年の「なみだの桟橋」から演歌歌手としての道を歩んでいた。この時も「彼岸花」がヒット中で、81年のNHK紅白歌合戦では「哀しみ本線日本海」で23歳にして紅組トリを務め、演歌歌手としても成功を収めている。















