【今週の秘蔵フォト】1970年代後半に当時の常識を覆す大胆な振り付けと、露出の多い派手な衣装でヒット曲を連発。国民的アイドルとなったのがピンク・レディーだ。中学の同級生だったミー(現・未唯mie)とケイ(現・増田惠子)のコンビで、当時の歌謡界に革命を起こした。76年3月に「スター誕生!」で合格するや、わずか半年後に「ペッパー警部」でデビュー。60万枚を記録する大ヒットとなり、レコード大賞新人賞を獲得した。

デビュー1年あまりで稼いだ額は…
デビュー1年あまりで稼いだ額は…

 立て続けに「S・O・S」「カルメン77」がオリコン1位をマーク。77年6月「渚のシンドバッド」は初のミリオンセラーとなり、9月の「ウォンテッド(指名手配)」は12週連続1位を記録した。社会現象にまでなっていた77年11月16日付本紙には人気絶頂期の貴重なインタビューが掲載されている。記事によれば1年3か月で51億円を稼いだという。「ケイはとっても女性的でね。よく気がつくの。ミーはどちらかといえば男性的でヌーボーとしているの」「ミーとケイはいつも一緒。お風呂とトイレ以外はね」とまるで姉妹のような掛け合いが続く。さらにケイは「ケイ、逃げ出しちゃいそう。ノドをやられていつもステージではミーに助けてもらっているの。ミーはニキビに悩まされていて、時折、皮膚科に通院しているのよ」と笑顔で語った。

 大活躍のご褒美に同年10月21日から米国旅行を満喫してきた。「本場のショーを5つも見てきて、ミュージカルやステージマナーを勉強してすごく充実してたわ」と2人は声を揃えた。この経験が79年の米国進出につながったのかもしれない。インタビューから1か月後の12月17日には3度目のコンサート、12月5日に新曲「UFO」の発売を控えていた。「UFO」は翌年のレコード大賞を獲得。アイドル歌手の受賞も、また革命的な事件であった。

「新曲、賞関係のたびに新しい衣装を作るの。気持ちの上でも新鮮でいいから…これは30着目かな?」と2人は新曲の衣装を披露した。

記者の質問に笑顔も見せた
記者の質問に笑顔も見せた
少しおすまし顔で!
少しおすまし顔で!

 その後も大活躍を続けて9曲連続オリコン1位を記録。米国進出後の80年9月1日に解散を発表。81年3月31日後楽園球場で解散コンサートを行った。その後、5度の再結成を経て、それぞれがソロとして活躍中だ。