【山口敏太郎オカルト評論家のUMA図鑑#534】東京・千代田区にある日比谷公園はもともと幕末まで萩藩毛利家、盛岡藩南部家、狭山藩北条家などといった大名屋敷が存在した土地で、明治になってからは陸軍の操練所のちに練兵場が設置されたという歴史を持つ。

 1903年、日本の「公園の父」と呼ばれる造園家・本多静六の設計により、日比谷公園は日本初の西洋風公園として誕生することとなった。音楽堂や公会堂の周囲を彩る花壇や青々とした木々に囲まれた都会のオアシス、会社員の憩いの場としてにぎわうこの日比谷公園には、心字池、雲形池という2つの池が存在している。そしてこれらの池の中には、不思議な生物が生息しているといわれているのだ。

 日比谷公園の池に幻の巨大魚が生息していると言われるようになったのは比較的近年に入ってからのことである。2016年ごろにテレビ番組でその存在が示唆されたことで、知られることとなり、公園を訪れる人々からは「ヒッシー」と呼ばれて親しまれている。

 ヒッシーは園内の池にそれぞれ3匹、計6匹生息していると推測されており、同じ池にいる鯉をまるで子分を引き連れているかのように悠々と泳いでいる姿が目撃されているという。この鯉たちについても、もともと田中角栄邸の庭にいた鯉が、娘・田中真紀子氏によって相続税を払う際に物納された鯉であると噂されており、千鳥ヶ淵を経たのち日比谷公園へ移されたものだといわれている。

 2018年11月ごろには、ヒッシーが突然姿を現さなくなり、行方不明になったと騒がれたことがある。UMA好きな者の手によって捕獲・誘拐された、営利目的の業者に確保されたという、不穏なうわさが入り交じったさまざまな臆測が飛び交うこととなり、捜索しだす人々まで相次ぐ事態にまでなった。結局、実際は人目につかないところで半冬眠していたことが判明し、人々も安堵するところとなった。

 では、なぜこの池に巨大魚が生息するようになったのだろうか。一説には、経営に行き詰まったペット業者によって放流された魚が年月を経て巨大化したものではないかと考えられている。

 巨大魚ヒッシーの正体は一体なんであろうか。推測としては、巨大化したアオウオだと言われている。アオウオは第二次大戦中に食糧増産のため輸入され各地で放流された鯉の仲間である。実際に日比谷公園では、体長1メートルを超えるアオウオがいるといううわさがあり、その後1・4メートルものアオウオが確認されたという報告があったという。この巨大化したアオウオこそがヒッシーの正体ではないかと言われている。

 この話は1990年代に1・8メートルものアオウオが釣り上げられたと話題になり、その存在に信ぴょう性が得られたという江戸川の巨大魚「エディー」が思い出される。タキタロウやナミタロウなど、UMAの中でも巨大魚は親しみを持って人々から受け入れられることが多い。日比谷公園のヒッシーも都心のオアシスの中でいつまでも優雅に泳いでいてほしいものである。