【松本薫の野獣道(2)】楽しいことが好きでとにかく運動するのが大好きな子供でした。1987年9月11日に5人きょうだいの4番目(三女)として生まれて、いつも動き回っていましたね。食べることよりも動くことが好きだったので、母は私を追いかけ回しながらご飯を食べさせていたらしいです(笑い)。

 いろんな遊びをしていましたが「アリ地獄」という滑り台の遊びって分かりますか? みんなで滑り台に上って、下に落ちたら鬼になっちゃうやつ。あれを自宅の屋根の上でやっていました。屋根から落ちたら最後は「死」なんですよ。超リアルな「アリ地獄」をよく弟(元大)と一緒にやっていて、お母さんに怒られました。いつも怒鳴られていたので「こら!薫」って呼ばれているイメージが強いですね。

 あとは(任天堂のゲームで登場する)マリオって、傘みたいなやつを持って飛ぶじゃないですか。あれをマネして2階から「よっしゃ。今から飛んでやるぞ」と踏み出した瞬間に傘が逆さまにひっくり返って、普通に地面に落ちました。でもキチンと着地はできて、足だけジーンという感じでした。子供時代を振り返ると、ムチャなことをやっていたんだな、と考えさせられますね。

 きょうだいが多いのでケンカも絶えないように思われるかもしれませんが、仲はすごい良かったんですよ。上から兄(芳央)、姉(順子)、姉(明子)、私、弟の5人ですが、きょうだい間で小さい社会ができていましたね。だからよく「きょうだい会議」が行われていました。人数が多く、お小遣いがもらえなかったので、落ちているビンを回収して、お店に持っていくとお金になるじゃないですか。なので、会議をし、今日はどのペアが、どこに行くかみたいなことを決めて。みんなでビンを集め、もらったお金でアイスやお菓子を買い、きょうだいで食べていましたね。

 そんな個性あふれる松本家に柔道が入ってきたのは、一番上の兄の影響でした。体が大きかったけど、優しかったんですよ。だから「このままだといじめられてしまうのではないか」と母が心配したのがきっかけです。上から順番に道場(岩井柔道塾)へ入って、私の番が来たのですが、厳しい道場だったので、ずっとやりたくないと思っていました。先生の怒号や子供たちの「はい!」という返事が嫌だったんですよね。でも母に「お菓子を買ってあげるから」と言われて…。普段はほとんど買ってもらえなかったし、自分たちでお金を稼がないと買えないので、お菓子に釣られて柔道を始めましたが、最悪でしたね…。