電撃引退の〝深層〟は――。大相撲夏場所(14日初日、東京・両国国技館)を控えた4日、幕内逸ノ城(30=湊)が日本相撲協会に引退届を提出。国技館で会見し「(持病の)腰の状態が良くないので。まだやりたかったけど、体が言うことをきかない。歩くのも横になるのも、かなりつらい。本当に残念」と無念の表情を浮かべた。

 師匠の湊親方(54=元幕内湊富士)は、逸ノ城からの引退の申し出を受けて慰留。しかし、本人の意思は固く、2日前に結論を出したという。ただ、今回の引退は唐突な印象が否めない。春場所で十両優勝を果たし、幕内に復帰したばかり。夏場所を全休したとしても、関取の身分を失うことはない。逸ノ城を知る関係者は「本人の気持ちが完全に切れてしまったのでは」と推察した。

 角界内で電撃引退の引き金になったとささやかれているのが〝師弟断絶〟の影響だ。昨年11月の九州場所前に湊親方との関係悪化が表面化。師弟間の会話は成り立たず、逸ノ城側が弁護士を立てるほど溝が深まった。その原因の一つが、年寄名跡の譲渡にまつわるトラブルだという。モンゴル出身の逸ノ城は一昨年9月に引退後を見据えて日本国籍を取得。師匠の本名と同じ三浦姓となり、いずれは親方となって部屋を継承するものとみられていた。

 そうした中、年寄名跡の譲渡に伴う謝礼金の額を巡って双方の主張が対立。角界関係者は「逸ノ城は、師匠が法外な値段を吹っ掛けてきていると受けとめて不信感を抱いたようだ」と証言した。その後の曲折を経て、師弟は表向き〝和解〟した格好となっていたが…。この日の会見中は一度も目を合わせず、確執の根深さをうかがわせた。

 角界を去ることになった逸ノ城は、今後について「まだ考えていない。次の人生で一生懸命、やっていきたい」。〝モンゴルの怪物〟は、第2の人生をどのように歩んでいくのか。