【取材の裏側 現場ノート】希代の天才レスラー・武藤敬司(60)の引退試合(21日、東京ドーム)が目前に迫ってきた。対戦相手に指名されたのが新日本プロレスの内藤哲也(40)だというのは、本人にとっても皮肉なデスティーノ(運命)なのかもしれない。
内藤にとって、武藤は幼少時に初めて憧れたレスラーだ。その武藤の弟子・棚橋弘至の背中を追いかけ新日本に入門。次期エース候補として将来を嘱望されたが、負傷による欠場や後輩のオカダ・カズチカに先を越された焦燥感が空回りするなどして2013年ごろからはブーイングを浴びる場面が目立った。
なぜ内藤はエースになれなかったのか。かつて記者が棚橋にその疑問をぶつけた時に返ってきた答えは的確だった。「精神的にずぶとくないといけないんです。団体を正しい方向に導けるのがエース。みんなに不安を与えちゃだめなんです。何が起きても揺るがない信念が僕にはあった。武藤さんは武藤さんで運動能力と体格があって『俺は誰にも負けないよ』くらい思ってたと思います」。風当たりが強いエースというポジションを揺るがぬ自信と信念で務めてきた武藤、棚橋と比べると、ファン心理を読むことにたける内藤は性格的に繊細過ぎて委縮していた。
しかし内藤は15年に「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」を結成するとアプローチ方法を変えて大ブレーク。繊細で敏感なアンテナから繰り出される言動で「お客様」を翻ろう、魅了していった。エースになれなかった男は、挫折と苦悩の末に唯一無二のオリジナリティーを手に入れた。
最後の相手に指名された内藤は「俺は武藤敬司になりたかった人間ですよ。それから紆余曲折を経て、今のLIJの内藤哲也があるわけで。追いかけてよかったと思うし、好きになってよかった。だから本人の口から俺の名前を言わせたのは、すごく意味のあること」と感慨深げな表情だった。棚橋のような、武藤の後継者になれなかった。しかしだからこそ、こうして重要な役割が回ってきた。「僕には武藤さんに引導は渡せないですから」とは棚橋の言葉だ。武藤と内藤の東京ドーム決戦は、やはり「運命の一戦」なのだと思う。
(プロレス担当・岡本佑介)