新日本プロレスの坂口征二相談役(80)が、21日にノア東京ドーム大会で現役を引退する武藤敬司(60)へ特別メッセージを送った。1984年入門の武藤との縁は深く、公私にわたり家族ぐるみで付き合いがある。40年近くもの長い間、武藤を見てきた〝世界の荒鷲〟が、ラストマッチを控える特別な後輩への思いを明かす――。

 坂口氏と武藤の出会いは、新日本プロレス入門テストの面接だった。「当時は俺が選手の管理をしていたんだ。武藤、蝶野(正洋)、橋本(真也)、野上(彰)、船木(誠勝)。みんな良かったし、切磋琢磨してやってたよね。5人の中でも武藤は見ていて『コイツは…』って思った。後に俺が話をつけて『光る女』って映画に出てたけど、当時から光るものがあったよね」と振り返る。

 武藤らがデビューした1984年は、選手大量離脱で団体が危機に瀕した。しかしこれが積極的な若手登用につながり奏功する。85年11月にはまだデビュー1年の武藤を米国・フロリダに遠征させた。「マサ(斎藤)さんとヒロ・マツダさんに『こいつは将来良くなるから頼みますよ』って頼んで。会社から風当たりは強かったけどね。『まだ早いんじゃないか』って。でも早めに海外に行かせたのが結果的に成功したよね」

 坂口氏が社長を務めた89~99年は、文字通り武藤ら「闘魂三銃士」が中心となって隆盛。「ドームツアーの主役をあの連中が請け負ってくれたよね。おかげで俺もいい社長時代を過ごさせてもらったよ」と感謝を口にする。

 プライベートでも楽しい思い出が多い。「俺は来るもの拒まず去るものは追わずの性格だからよ。巡業行って、飲み行ったり麻雀やったり…。麻雀はよくやったよね。この前も(テレビ番組)『(THE)われめDEポン』見たけどよ。相変わらず性格の割にカタい麻雀打ってるなって(笑い)」。92年に武藤が久恵夫人と結婚した際には坂口氏が仲人を務め、その10年後の長男・征夫の結婚式は武藤夫妻が務めるなど家族ぐるみの付き合いが続いている。

 武藤が2002年1月に全日本プロレスに移籍した当時、坂口氏は会長職にあった。「自分が思う通りのプロレスができなかったもんな。俺も好きなことやれって、反対はしなかった。(周囲には)『坂口さんの了解得ました』って言えと。あの時代では仕方ないと思ってたよ。SWSの時(90年3月)だけは『ちょっと待て。俺が応援してやるから頑張れ、ここで。ちゃんとしてやるから』って言ったけどな。あの時SWS行ってたら今の武藤はないかもしれないしね」

 40年近くにわたり気にかけてきた後輩は、ついに21日に現役生活にピリオドを打つ。「60までやって、満身創痍だよね。でもまあ、ずっと見てるけどアイツはプロ。控室では痛そうな顔してるけど、リングに上がったら絶対に痛そうな顔してないもんな。終わったら車いすなんて聞くけどよ。そういうところは昔からあるよね。本当ご苦労さんって。武藤のことだから2度目をやるってことはないんだろう。早くケガを治して、今後どうするか知らないけど、楽しい余生を送ってくれよって」

 そう笑った坂口氏からのメッセージには、長く重厚な時をともに過ごした後輩へのねぎらいと感謝が込められていた。