大相撲の元大関朝乃山(28=高砂)が初場所(1月8日初日、東京・両国国技館)で十両復帰を果たす。2021年に不祥事で出場停止6場所となり、三段目まで番付を落とした。実力者が関取に返り咲くまでの道のりを振り返る。

【朝乃山、再起への道(4)】22年の名古屋場所で約1年2か月ぶりに復帰した朝乃山は、7戦全勝で三段目優勝を果たした。

 処分後は自らの相撲人生を見つめ直し「中学、高校、大学の先生方がいなければ、僕は大相撲に入っていなかった。恩師の期待を裏切ってしまい『また一から出直す』と考えました」。しこ名の下の名前を「英樹」から本名の「広暉」に変更したのも「高校の恩師の浦山(英樹)先生(故人)の文字を取ったんですけど、不祥事を起こしてもう名乗れないと思い、母と相談して父が付けてくれた広暉にしました」と明かした。

 一方、場所後は地元富山に帰省しなかった。元大関は「帰れる度胸がないですね。もう一度応援してもらえるように、認められるようになってから帰りたい」とポツリ。これには朝乃山富山後援会の青木仁理事長も「何か一つ区切りとして『関取になるまでは』という気持ちがあるんじゃないかなと思います」と察していた。

 同年9月の秋場所は東幕下15枚目。再び全勝Vを決めれば、翌九州場所で十両復帰も見えてくる番付だった。2日目の1番相撲では昨年学生横綱で幕下15枚目格付け出しの川副(宮城野)戦が組まれ、いきなり注目のカードが実現。多くのファンが視線を送った一番は朝乃山が冷静に寄り倒して白星発進した。

 その後も連勝を伸ばしたが、まさかの落とし穴が待ち受けていた。11日目の6番相撲で幕下優磨(阿武松)に土をつけられ、この時点で再十両の可能性が消滅。最後は白星で締めるも6勝1敗の成績に「自分の中では全然ダメ。今場所は自分としては全部が悪かった」と悔しさをにじませた。

 当面の目標が持ち越しとなった。それでも九州場所に向けて「優勝して文句なしに(十両に)上がりたい」と必死に前を向いた。