【プロレス蔵出し写真館】今から12年前の2009年(平成21年)12月16日、東京・赤坂のグランドプリンスホテル赤坂で「プロレス大賞」授賞式が開催された。毎年、新日本プロレス相談役の坂口征二の乾杯あいさつが恒例となっていた。
宴もたけなわ坂口の席にあいさつにやって来たのは、〝燃える闘魂〟アントニオ猪木ならぬモノマネでお馴染みのお笑い芸人・アントニオ小猪木。しかし坂口は、まるで小猪木が存在していないかのような表情で完全スルー(写真)。なにか気に入らないことでもあったのだろうか…。
「いや~坂口さんはいつもこんな感じですね。坂口さんには一度だけ話しかけられたことがあって、第2昭和プロレス興行(08年12月)の時、バトルロイヤルに出場する僕に『まあ頑張って盛り上げてくれ』みたいな感じで言われました。(この写真を見せると)坂口さんいい顔してますね。吹き出し大喜利ができそうな写真ですね」。そう言って小猪木はお手本を示してくれた。
・問題「小猪木は坂口になんと言った?」
・答え「急に会計の話になったら現実に戻った表情するなよ!」だそうだ。
ところで、坂口は新日本プロレス初期のころナンバー2として猪木を支えた。1日朝、猪木が亡くなると翌日、自宅を弔問に訪れ故人と対面した。「安らかだったよ。本当にお疲れさまでした。ありがとうございました」と声をかけたという。「いい思い出ばかりですよ。悲しい思い出なんて何もない」としみじみ語り13日の通夜、14日は告別式にも参列して出棺を手伝った。
一方の小猪木は通夜に参列。25日、「西口プロレス」の東京・新宿FACE大会では猪木とザ・ドリフターズの仲本工事さん(19日に81歳で死去)を追悼のテンカウントゴングで送った。
「猪木さんとは06年に、浅草の闘魂神社(期間限定オープンされていた)で初めてお会いしました。猪木さんが京都で営業をやった時に、前説をやったこともあります。イノキボンバイエの曲が流れて、サプライズで僕がステージに出て行ったらお客さんが怒りだしちゃって…。『いやいや、ちゃんと本人がこの後、出てきますからその前に前説をやらせてください』そう言ってモノマネを披露しました。仲本工事さんとは、13年の猪木さんの古希を祝う会で知り合い、僕の結婚式にも夫妻で来てくれました。猪木さんが縁をつないでくれたんですね」。そう小猪木は懐かしむ。
意外に知られた話だろうが、小猪木は「西口」でお笑い芸人ばかりか本物のレスラー、猪木が対戦した相手とも試合をしている。09年は藤原喜明、10年には天龍源一郎に胸を借りた。
「天龍さんにはグーパンチで歯を折られました。藤原さんから『俺と天龍、どっちがすごかった?』と聞かれ、天龍さんの時は顔が痛かった。でも藤原さんの時は全身が痛かったって答えたら、うれしそうに、次はもっとすごい試合をしてやるって言われましたね」(小猪木)
そんな小猪木は、11月3日から6日まで新宿シアターブラッツで上演される劇団羊風舎旗揚げ公演「都市伝説康芳夫~モハメド・アリに魅せられた国際暗黒プロデューサー」に、猪木役として出演する。
猪木が亡くなった今、小猪木にはいつまでも世間に「アントニオ猪木」を伝えていく使命がある。そして、坂口にはまだまだ元気でいてくれることを願っている(敬称略)。














