阪神の監督を2度務め、現役時代から「クマさん」の愛称で親しまれた後藤次男(ごとう・つぐお)氏が5月30日午後10時30分、老衰のため兵庫県西宮市の病院で死去した。92歳だった。熊本県出身。近親者で密葬が営まれた。

 熊本工業(現熊本工高)、法政大を経て1948年、強打の野手として阪神入団。49年から4年連続で打率3割をマーク。51年には155安打で最多安打に輝いた。57年限りで現役引退後はコーチを務め、69年に監督就任、2位ながら1年で退任。78年には2度目の監督に就いたが、41勝80敗9分けで球団史上初の最下位に終わり、再び1年で退いた。

 現役時代の通算成績は949試合で打率2割8分3厘、51本塁打、355打点。

 阪神・坂井オーナーは「球団創成期には打って守れる中心選手として大活躍され、引退後は二度にわたって監督に就いていただきました。『仏のクマさん』と言われる誠実な人柄で選手の個性を重んじて指揮をとられていたという印象を持っています。球団OB最年長でまだまだお元気でと思っていましたが、大変残念です。心よりご冥福をお祈りいたします」とコメント。四藤球団社長は「球団OB会で後輩を激励される元気なお姿を見ることをできなくなりました。昨年の球団創設80周年の甲子園開幕戦で始球式をお願いし、とても91歳には見えない力強い投球に驚かされました。タイガース一筋に歩まれた後藤さんのご冥福をお祈りする次第です」と話した。