先月の29日、新日本プロレスが21年ぶりに神宮球場で真夏の屋外ビッグイベントを開催した。コロナ禍でソーシャルディスタンスを守り観客数が制限された会場ではあったが、大いに盛り上がったようだ。

 さて、現在プロレスの興行は屋内がほとんどだが、かつては新日本、全日本、そして女子プロ(全日本女子、ジャパン女子プロなど)も夏場は屋外での興行を連日のように開催していた。

 スーパー、ディスカウントショップ、パチンコ店、公営競馬場の駐車場、駅前広場や公園のグラウンドなどにリングを設置し、周りをテントで囲って行っていた。

 屋外ならではの風景が見られるのもまた一興だった。

 選手の控室が移動バス、あるいは近隣の施設だったりすると、選手が時折出て来て、会場の後方で試合を見ていたりしたのでサインがもらいやすかった。

 アントニオ猪木はちびっ子ファンを並ばせて臨時サイン会を行っていたこともあった。

 バーベルなどの練習も会場の後方で行っていた。ファンにとっては嬉しい光景だったのではないだろうか。

 露店が出ていることもあったり、高い建物がある場所では上空から見下ろしてタダ見ができる特典!?もあった。

 屋外では往々にしてリングの真上に照明を吊るすので蛾や蚊などの虫が集まり、試合の合間に殺虫剤で駆除し、リングに落ちた虫などを竹ぼうきで掃いていた。

 そして、その殺虫剤が時に凶器に変わることも…。

 写真は今から33年前の1987年7月28日、全日本プロレスの茨城・江戸崎町(2005年に合併で消滅。今の稲敷市)のディスカウントジャンボ駐車場特設リングで行われた興行でのもの。第5試合でジャイアント馬場、ザ・グレート・カブキ、2代目タイガーマスク組VS「国際血盟軍」のラッシャー木村、鶴見五郎、剛竜馬組が激突した。

 当時の全日本は輪島大士を売り出し中で、この日も輪島がメイン。馬場はパートナーを替え連日6人タッグで「国際血盟軍」を相手にしていた。

 試合はカブキが剛をフォールして決したが、この日の馬場は、試合後に恒例となっていた木村のマイクパフォーマンスにカチンときたのか、その後場外乱闘になり会場後方に…。カブキが木村を捕らえると、馬場は殺虫剤を手に近づき木村の顔目がけて「食らえ!」とばかり噴射。たまらず木村は退散した。
 
 この試合の後が休憩だったこともあり、このやりとりを笑顔で見つめるファンがいる中、目もくれずトイレ、あるいはグッズ売り場に向う人がいるのもまたご愛敬。

 屋内よりも屋外の興行はドサ回り感、もといローカル感がなんとも言えずいい雰囲気を醸し出していた。(敬称略)