【球界平成裏面史(38)04年・泥酔暴行ハシゴ事件(1)】阪神は平成15年(2003年)、就任2年目の星野仙一監督のもと、18年ぶりのリーグ優勝を達成した。投手でその一翼を担ったのが、同年に米大リーグから日本球界復帰を果たした伊良部秀輝投手だ。20勝5敗のエース・井川慶に次ぐ13勝8敗の好成績をマーク。投球回も206回の井川に次ぐ173回でチーム2位だった。

 同年の伊良部は前半戦だけで9勝(2敗)を挙げ、7年ぶりの球宴出場も果たした。しかし、後半戦に入ると相手にクセが見破られるなどして黒星が先行。指揮官が岡田彰布監督へと代わり、新体制となった翌16年の伊良部には期待と不安が入り交じっていた。

 そんな中で迎えた沖縄・宜野座での春季キャンプで2月7日未明、警察沙汰にまで発展した「泥酔暴行事件」は起きた。舞台となったのは沖縄・石川市(現うるま市)の社交街と呼ばれるネオン街だった。

 午後11時の門限時間をとっくに過ぎ、日付も変わった深夜4時、泥酔状態だった伊良部がスナックで他の客に暴力行為を働き、その後、沖縄県警石川署で球団の島野管理部長とともに事情聴取を受けた…というものだった。そもそも翌8日、伊良部はインフルエンザにかかって練習に姿を見せなかった。この球団発表が本当なら、宿舎での隔離は絶対。前日から外で大酒を飲んでいたことになる。事態を重く見た球団は「団体行動の規律を破った」として伊良部に厳重注意と罰金30万円の処分を科した。しかし、何でそんなことになったのか――。記者は事件現場が分からないまま、とにかく問題の社交街にカメラマンと追跡取材を敢行した。

 周辺にある社交街で店を特定するのは困難を極めると思われたが、すでに事件は口コミで拡大しており、陽気なタクシー運転手がスナック「Y」だと教えてくれた。

 店内での暴行事件…。東京の銀座や大阪の北新地のママならこの手の話は普通、口を割らないものだが、そこはおおらかな沖縄気質でもあったのか。「Y」のママは気丈に話してくれた。発生時刻は午前3時ごろ。伊良部が友人2人を連れて店に入ってくるなり、ボックス席にいた十数人の客の頭を小突いてハシャいだのが、そもそもの発端だったという。

「最初は私もお客さんも伊良部さんだとは知らなかったんです。いきなり頭を小突かれ『誰だ、この人?』という感じでみんな驚いてたのですが、その中の20歳代の男性客が『何で叩くのか!』と怒ってすぐに取っ組み合いになったんです」

 伊良部は反論されて逆ギレ。2人はそのままボックス席でもみ合いとなり、伊良部はその客の頬に強烈な張り手を一発お見舞いしたという。

 結局、その場では店の従業員や他の客6~7人がかりで止められ、何とかそれ以上の乱闘にはならなかった。最後には店の従業員から「出て行ってください!」と強く言われて退去。滞在時間わずか10分、一杯の酒も頼まなかった伊良部は「スキンシップのつもりだった」の言葉を残して闇に消えていったという。

「Y」の従業員は「いきなり台風がやってきて竜巻を起こした感じ。伊良部さんも沖縄生まれなんでしょ? 何で沖縄の人がそんなことするのか。大きな体だったし、ケンカを止めに入ったせいで肩とか痛いんですよ。みんな『阪神の伊良部だからってうぬぼれるな』と非難ごうごうでした」とまだ怒りが収まらない様子だった。

 伊良部に張り手を浴びた20歳代の男性客は1時間後、石川署に「頭を叩かれた」などと訴え、球団も巻き込む警察沙汰に発展。まさにトンデモなさ全開の伊良部だが、この夜起きた騒動にはまだ「続き」があった。

(元阪神担当・岩崎正範)