【冬季五輪の主役たち(連載5)】2006年2月に開幕したトリノ五輪の日本メダル数はわずか1個。期待されたスキージャンプ男子団体、ノルディック複合団体はともに6位、スピードスケート女子500メートルの岡崎朋美は4位、フィギュアスケート男子の高橋大輔は8位に終わった。しかし、その唯一のメダルは強烈な輝きを放った。フィギュアスケートで日本初の金メダルを獲得した荒川静香。世界が称賛した快挙は今も語り継がれ「イナバウアー」という流行語を生み出した。
05年12月の全日本選手権で3位に入った荒川は98年長野大会以来8年ぶりの五輪。ショートプログラム(SP)で首位のサーシャ・コーエン(米国)に0・71点差の3位につけ「欲を出さずに」とフリーに臨んだ。冒頭の連続ジャンプに続き、3―3回転の後半を2回転にする安全策を選択した。結果的に上位2選手が転倒したことで、この判断が奏功。続くジャンプもつつがなく決め、合計191・34点で逆転金メダルを獲得。一時は引退も考えていたもののが、現役続行によってスケート人生最大の僥倖(ぎょうこう)に巡り合えた。
荒川の演技で最も脚光を浴びたのはジャンプではなく、つなぎ技の「イナバウアー」だった。現在に至るまで荒川の代名詞として広く知られている。両足を前後にズラし、ブレードを平行にして片足を曲げる技。旧西ドイツの女性スケーター、イナ・バウアーさん(故人)が考案した〝足技〟だが、これに荒川は上体を後ろに反らす「レイバック」も加えて一世を風靡した。つまり上半身の美しい曲線は本来「レイバック」と呼ばれて称賛されるべき技術なのだが、なぜか「イナバウアー」が独り歩きし、現在に至る。
五輪後は空前の〝イナバウアーブーム〟が到来。複数の企業が商標登録を試み、同名の競走馬まで誕生した。新語・流行語大賞では「年間大賞」に輝き、言葉としても歴史に名を刻んだ。21年11月の全日本ジュニア選手権、島田麻央(13=木下アカデミー)が1994年の荒川以来となる〝飛び級V〟を達成した際は「やっぱりイナバウアーの印象が強いです」と語り、その浸透ぶりをうかがわせた。
特筆すべきはイナバウアーが「基礎点ナシ」ということ。技術要素として得点に直接つながらないが、コーチのニコライ・モロゾフ氏の提案で採用した。現在、荒川はスケート連盟副会長を務める。あれから16年が経過した今の思いを尋ねると「私自身、結果ももちろん大切でしたが、記憶に残るスケーターも目指していたので今もイナバウアーのことを取り上げていただけることはうれしいです」と喜んだ。また、今は亡きイナ・バウアーさんへは「お会いすることはありませんでしたが、お祝いメッセージを頂き光栄でした」と振り返った。
昨今はジャンプが高度化し、4回転が当たり前の時代。だからこそ得点ゼロの「魅せる技」で取った金メダルには大きな価値がある。












