北京五輪・陸上リレー銀の高平慎士氏 スポーツの素晴らしさ伝えることやめたら、東京五輪は終わる

2020年07月14日 12時10分

オンライン取材に応じた高平慎士氏

【どうなる東京五輪パラリンピック(79)】正解はないのかもしれない。1年延期となった東京五輪は、新型コロナウイルスの影響で開催可否を含め様々な課題が浮き彫りになっている。競技は国内大会こそ再開に向かうが、国際大会の実施や選手の来日は簡単ではない。そんな中、本紙のオンライン取材に応じた2008年北京五輪陸上男子400メートルリレー銀メダルで日本陸連アスリート委員長の高平慎士氏(35)が胸中を激白。競技で異なる「五輪への価値観」、開催に関する「国民との温度差」とは――。

 

 4年に一度、世界が注目するスポーツの祭典。本来であれば開幕が予定された今月は国内が五輪一色になるはずだったが、新型コロナ禍で1年延期が決定した。過去3度出場した高平氏にとって「五輪」とはどのような場所なのか。

 高平氏(以下高平) 中には五輪がすべてではないという競技がありながら、陸上は人生を懸けて挑む、勝負する場所だと感じている選手が多いと思う。実際に3大会で走った時間は合計180秒だけど(笑い)。それでもこれからの人生、180秒にここまでいろんなものを懸けてやることはない。冷静に考えるとすごく貴いものだし、やっている当時は真剣に取り組んでいたと思うので、五輪を軸に考えていた日々は何にも代えがたいもの。

 ただゴルフ、テニス、バスケットボールなどでプロとして活動する選手が来夏に照準を合わせるかは不透明。2016年リオ五輪で112年ぶりに実施されたゴルフでは、ジカ熱の影響を理由に松山英樹(28=LEXUS)らトップ選手が出場を辞退してツアーを優先した例もある。

 高平 バスケットボールが好きなので、よくNBAを見ているが(1年延期の五輪と)どちらを選ぶかといえば、たぶんNBAは自分たちを優先すると思う。今季が再開して10月に終わっても、来季のスタートは絶対に後ろ倒しになるので(東京五輪に合わせるのは)無理。そういう意味でも日本代表は八村(塁)君(22=ウィザーズ)や渡辺(雄太)君(25=グリズリーズ)が使えなくなる可能性を考えなければいけないのかな。

 一方、男子400メートルリレーは高平氏が出場した08年北京五輪で初のメダル(銀)を獲得。リオ五輪でも銀メダルで、いまや日本の“お家芸”だ。「東京では悲願の金メダル」の大号令のもと、日本陸連は代表選考基準に個人種目の制限を盛り込んだが、選手側がこれに猛反発。結局、同要項から「制限」の文字は消えたものの「戦略」として残ったまま根本的な解決には至っていない。

 高平 例えばサニブラウン(ハキーム)選手(21=フロリダ大)が来日して何回練習できるかを考えたら環境的に厳しいし、臨機応変に対応しないといけない。自国開催で金メダルを狙えるといっても、選手個人のアプローチと陸連強化委員会の戦略がマッチしていないと思う。選手が「生涯に一度の自国五輪」に個人種目を削ってリレーに投資してくれるかどうか。両種目(100メートル、200メートル)出られる選択肢があるなら出たいという意見になるし、僕だって(リレーで)3走をやるために練習してきたわけではない。陸連はこの1年、しっかりと考えてほしい。

 短距離種目は延期された日本選手権の代替日程(10月1~3日、新潟市)が決まり、五輪を目指す選手も徐々に再始動している。ただし、ワールドアスレチックス(世界陸連)は11月末までの記録や成績は世界ランキングや五輪参加標準記録の対象にしないことを公表。また、米国に拠点を置く昨年2冠で男子100メートル日本記録保持者のサニブラウンは同選手権への参戦を明言していない。

 高平 トップ選手はまず日本選手権に照準を合わせることになると思うが、標準記録にカウントされないのでモチベーションを維持するのは難しい。でも、日本一という称号に変わりないし、来年の(代表選考会の)予行練習という意味でもターゲットにしていいのでは。ここで大事なのは選手とコーチの意思疎通で今年の目標は何か、来年はどこにターゲットを置いているのかを共有すること。付き合いが長いと意外としっかりできないこともあるので。

 そうした中、来夏に延期となった五輪については、新型コロナ禍で開催を疑問視する意見が出ている。こうしたネガティブな国民感情はニュースやネットの声を通してスポーツ界に届いてもおかしくない。

 高平 例えば(東京五輪の)オフィシャルショップを見て「大丈夫なの?」と思ったり…。そういう意味では“五輪自粛”しているのかな。これまでスポーツはいろんな人に勇気や希望を与えるものとしてきたけど、それを良しとしない部分が少なからずあるということを大事にしないといけない。みんなが健康で平穏な暮らしの中でやるからこそ、スポーツに価値があると改めて思い知った。

 今後、仮に再延期という選択肢が浮上しても、すでに1年スライドしている陸上の世界選手権(22年、米国)など他の国際大会との調整が不可欠。最悪の場合、「中止」も想定すべきなのか。

 高平 個人的には0から100まで想定している。無事に行われればベストだけど、やらないことも、かなり縮小してやることも。日本はまだ比較的に抑え込めているし、来年までには…と思いがちだが、現状は米国も中国も分からない。アフリカ抜きにやっていいのかと考えるとなかなか厳しいし、ブラジルなど南半球が大変なことになっているのかなと。ただ「スポーツは本当に素晴らしい」と伝えることをやめたら終わるので、そのバランスは難しいものになると思う。

 はっきりした正解はなく議論が必要だが、リミットは刻々と迫っている。

 

☆たかひら・しんじ 1984年7月18日生まれ。北海道旭川市出身。順天堂大に進学後、2004年アテネ五輪200メートル、400メートルリレーに出場。リレーでは3走を務めて4位入賞。富士通に入社後の07年世界選手権400メートルリレーは38秒03のアジア新、日本新記録(当時)で5位入賞。08年北京五輪400メートルリレーで銅メダルを獲得し、その後金メダルのジャマイカが失格となり銀メダルに繰り上がった。現在は同社陸上部スタッフ、日本陸連アスリート委員長を務めている。