【インタビュー前編】“トリックスター”の素顔とは――。昨年夏の東京五輪では新競技のスケートボードが大きな注目を集めた。華麗なテクニック、選手間の友情、フランクな解説が話題になり、大会後はショップやパークに足を運ぶ人が急増。ブームの火付け役となった男子ストリート初代金メダリストの堀米雄斗(23=XFLAG)が本紙の単独インタビューに応じ、自身のスケボー人生を語り尽くした。前編では頂点に立つまでの舞台裏、超大物アーティストたちとの出会いなどぶっちゃけトークを大公開する。
――昨年はどんな1年だった
堀米 自分の中では一番いい1年になったと思います。東京五輪もそうなんですけど、それ以外でも五輪前にスケートのビデオパートを残せたり、世界選手権でも初優勝できたり。でも、やっぱり東京五輪が自分の中では一番大きいイベントで、金メダルを地元に持ち帰ることができてうれしかったですね。
――五輪直前には右かかとを負傷していたとか
堀米 はい、実は試合前日に。今まで骨折とかいろんなケガもしてきたんですけど、今回は気持ちも痛かったし、かかともすごい腫れてて「次の日、五輪なのに最悪だ…」みたいな。そんな感じでしたね。
――その状態で頂点に立った
堀米 その後、すぐに選手村内の病院で治療してもらったり、接骨院の先生に診てもらって。(負傷箇所を)固定して、かかとにパッドを入れて、痛み止めを飲んで滑ってました。
――日本勢の活躍でスケボー人気に火がついた
堀米 すごいうれしいですね。五輪を通じてスケボーの楽しさや魅力を伝えることができて、こうやってスケーターがどんどん増えていっている。このブームを終わらせないように、もっとスケートボードを盛り上げていきたいです。
――振り返れば「ゴン攻め」「ビッタビタ」など普段聞くことがない言葉も話題になった
堀米「ゴン攻め」がすごいはやっているというのはツイッターとかで見ました。
――解説を務めたプロスケートボーダー瀬尻稜との関係は
堀米 稜くんのことは知ってますよ。昔、大会に一緒に出ていたこともあったので。
――このようにテクニックやトリックだけでなく、言葉も含めた「スケボー文化」が広がっていることについては
堀米 僕、ぶっちゃけ「ゴン攻め」は今まで使ったことなかったんですよね(笑い)。でも(解説を)聞いてて、すごい面白かったのでよかったと思います。
――米国に戻ってからは、カナダの超人気歌手ジャスティン・ビーバーのイベントに参加するなど著名人との交流もあった
堀米 そうですね。イベントに出させてもらう機会があって、スケートのパフォーマンスを披露しました。本当はそこにジャスティン・ビーバーも来る予定だったんですけど結局、来なかった…(笑い)。でも、本人もスケボーが好きでよく乗っていたりするので、いつか一緒にスケボーできたら最高だなと思ってます。
――自身のSNSに投稿していたが、米超大物ラッパー、リル・ウェインとの出会いもあった
堀米 彼は昔からスケートボードが好きで、プロの大会に行ったりしているのを知って、いつか僕も(一緒に)滑れたらなと思っていました。そしたらリル・ウェインと仲のいい友達から、たまたま(ウェインが)スケートパークに来るという話を聞いて。ユウトも来てほしい、金メダルを見たがっているという感じのことを言ってくれて。一緒にスケートしたり、メダルを見せることができて楽しい時間でしたね。
――率直な感想は
堀米 いや、もう五輪が終わってからビックリすることしかないですね。今まで経験できなかったことを経験させてもらって。なんか常にビックリすることばかりです。
――ロサンゼルスが拠点だが、米大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手の活躍はニュースなどで目にしていたのでは
堀米 常に目にしてました。だから、大谷選手は常に最前線で活躍しているので、本当にすごい尊敬しているし、僕のモチベーションにもなってます。
――現地では大谷選手より有名だったりして…
堀米 いや、それは絶対ありえないです(笑い)。
(インタビュー・小松 勝)
☆ほりごめ・ゆうと 1999年1月7日生まれ。東京・江東区出身。スケーターであった父の影響で6歳からスケートボードを始める。幼少期から3メートルもあるバーチカルランプを滑り実力をつけて、10代初めからは国内の大会で常に上位にランクイン。高校卒業後の2017年に渡米してさらに才能を開花。18年にストリート・リーグ(SLS)で日本人初の優勝を果たす。21年に世界選手権、東京五輪で金メダルを獲得した。170センチ、55キロ。












