【パラヒーローズ】芦田創 「障がいに甘えていないか」 恩師の一言で世界一を目指す覚悟

2020年07月10日 11時00分

パラ陸上男子・走り幅跳びの芦田創(ESNINE提供)

【Restart パラヒーローズ その壁を乗り越えろ(9)】障がいを言い訳にしない生き方を体現しているのがパラ陸上男子走り幅跳び(T47)の芦田創(26=トヨタ自動車)だ。無限に広がる可能性を信じ、再び陸上界へ飛び込んだジャンパーは、東京大会に不退転の覚悟で挑む。

「右腕を切断しましょうか?」。5歳で右腕にデスモイド腫瘍を発症し、約10年間治療に励んだ。最悪の事態は免れたものの、今でも右腕には障がいが残っている。当初はショックを受けたというが「どうせだったら好きなことをやりたい」と高校から陸上を始めた。

 いざ走りだすと「0秒01とか1センチを求めていくっていう数字の世界に魅力を感じた」と陸上に没頭。ところが、早稲田大学の陸上サークルに入ってからは、タイムが思うように伸びなかった。「障がいっていうものを壁にしてしまっていた。陸上を本気でやるってことが心の底からできなくなった」

 陸上への情熱が消えかけていた21歳の春、恩師のひと言が芦田の人生を180度変えた。

「お前は人生において、障がいに甘えていないか」

 大学の職員が紹介してくれた競走部の礒繁雄監督(60)から浴びたキツいひと言。「障がいを理由にして自分の好きな陸上に本気で取り組めていなかった」と心の未熟さに気づき「本気でパラの世界の中で一番になりたい」と覚悟を決め、4年生という異例の時期に競走部の門を叩いた。そして、厳しい練習に取り組んだ結果、2016年リオ大会では400メートルリレーで銅メダルを獲得した。

 一方、本職の走り幅跳びは予選敗退。「ぶっちゃけ、めちゃくちゃ悔しかった」と東京大会でのリベンジを決意した。帰国後は、助走から踏み切り、着地までの流れを一から見直し、18年アジア大会では銅メダルを手にした。だが、満足はしておらず「結果が中途半端だったので」と18年末からは拠点をオーストラリアに変更した。

 ここ最近は、コロナ禍の影響で十分な練習ができない時期もあった。それでも「娘を抱っこしながらスクワットやカーフレイズをやっている」と育児をトレーニングに応用している。

 大舞台が1年延期になっても「金メダルという目標はぶれていない」と気合は十分。来夏は大ジャンプで国立競技場を歓喜の渦に巻き込む。


 
☆あしだ・はじむ 1993年12月8日生まれ。大阪府出身。高校から陸上人生をスタートさせ、3年時にパラ陸上と出合った。左右の腕の重さが約2キロ違うという大きなハンディを背負いながらも、2016年リオ大会400メートルリレーで銅メダルを奪取。19年世界選手権は本職の走り幅跳び(T47)で6位入賞を果たした。18年に結婚。昨年12月には長女が誕生した。179センチ、67キロ。