元プロレスラーの〝ミスタープロレス〟こと天龍源一郎(72)の妻・まき代さんの死去を受け、天龍プロジェクト代表で長女の紋奈さん(38)が最愛の母の豪快エピソードを明かした。
肺がんで闘病中だったまき代さんは24日に死去。65歳だった。紋奈さんは「結婚当初は苦労したと思います。プロレスの世界は何にも知らない人だったので。でも、その時代はまだ100人ほどしかプロレスラーがいなくて『100人しかいないなら、私が一番にしてあげたい』と後に語っていたことを思い出します」と振り返った。
しかも全日本プロレス参戦時の天龍さんは酒豪で知られ、一晩で使う金もハンパではなかった。そのためまき代さんは、紋奈さんを宿しながら実家の京都のラウンジを手伝い家計を支えた。「天龍源一郎にお金で恥はかかせられない」という思いからだった。出産後も東京と京都の往復生活は続いた。
「私が物心ついてからもそうでした。だから私は東京、京都、(WARの)会場の三重生活。父も母を頼りにしていた。あそこまで信頼し合える夫婦ってそうはいない。とにかく父のことが一番大事であって、そう考えると母は報われたんじゃないでしょうか」と語る。
気丈で豪快な性格は業界でも有名だった。「とにかくキップがよかった。ある団体がWARは金欠らしいと言っている、という単なる噂をきいただけで200万円の選手バスをポーンと購入しちゃう。WAR選手やスタッフ全員を連れて年末にハワイ旅行に行っちゃう。300万はかかったでしょうね。家に1万円しかない時でも父に1万円を渡して『これで飲んでらっしゃい』と言っていました。私にはまねできないです」と明かした。
実は天龍の引退試合(2015年11月15日)も、両国国技館での開催を提言したのはまき代さんだった。天龍自身は「新木場でもいい」と考え、紋奈さんが「それなら後楽園ホールで…」と提案したところ、まき代さんは「何を小さなことを言っているの? 両国でやろうよ。お金なんか何とかなるわよ!」と大会場での開催を主張。結果的には超満員札止めの1万522人(主催者発表)を記録。新日本プロレスのオカダ・カズチカとのラストバウトは、同年度の「プロレス大賞」年間最高試合賞を獲得した。
紋奈さんは「天龍源一郎より男前だった。明るくて芯が強くて…母の代わりはできないかもしれないけれど、これからは私がしっかり父を支えていこうと思います」と最愛の母に誓った。












