【昭和~平成 スター列伝】8年ぶり!馬場&猪木タッグ再結成秘話 79年「プロレス夢のオールスター戦」

2021年10月03日 10時00分

馬場と猪木の勝利を祝う二階堂衆院議員(右から2人目)とロード・ブレアースPWF会長(同3人目)
馬場と猪木の勝利を祝う二階堂衆院議員(右から2人目)とロード・ブレアースPWF会長(同3人目)

 日本プロレス殿堂会の日本プロレス史70周年記念大会(14、15日、後楽園ホール)ではアントニオ猪木氏、ジャイアント馬場ら6人が2021年度殿堂入りを果たした。

 日本最強を誇ったBI砲が同時に殿堂入りしたのは喜ばしい限りだが2人が最後にリングに並んだのは、言うまでもなく、東京スポーツ新聞社創立20周年記念大会「プロレス夢のオールスター戦」(1979年8月26日、日本武道館)だった。この大会の試合詳細については何度も取り上げているので、紆余曲折を経てBI砲8年ぶりの再結成が決まった日の詳細について触れたい。

 同年5月に本社は創立記念大会への参加を新日本プロレス、全日本プロレス、国際プロレスの全団体に打診し、賛同を得た。しかし一騎打ちを望む猪木と「過去のいきさつをクリアし、筋を通してくれることが参加の条件」とする馬場の意見が真っ向から対立。大会開催自体は暗礁に乗り上げそうになった。

 事態を重く見た本社はタッグ結成を提案。しかし両者が「トップ会談に一任する」と問題を預けて海外遠征に出発したため、当時の本山良太郎代表取締役とコミッショナー的存在だった二階堂進衆議院議員が7月4日、衆院議員会館でトップ会談を行った。

 二階堂議員は「馬場君も猪木君も世界を代表するプロレスラーで、日本プロレス界の大黒柱。この2人にはファンの夢を満たす義務と責任がある。今、シングルで戦えないなら、この舞台でぜひタッグでやるべきだ。これはコミッショナーというより、ファンの代表の言葉として聞いてもらいたい」と力説した。

 受けた本山代表は「では馬場・猪木戦の実現へ関係者は今後も鋭意努力するということで。8・26オールスター戦のメインは馬場、猪木のタッグということで両君に伝えようと思うのですが」と提案。二階堂議員は「大変結構です。よろしくお願いする」と答えて会議は終わった。

 この日、米国から帰国した馬場は、空港で会議の決定事項を聞くや「私は全面的に東スポの本山代表にゲタを預けた以上、相手のことやいろいろこれから問題はあるが、先のことだから細かいことはゆっくり話したい」と開口一番、OKの返事を出し「最後の相手はザ・ファンクス(71年12月7日、札幌)だったかな。8年ぶりか」と感慨深げな表情を見せた。

 一方、6月末にパキスタン遠征から帰国して富山・高岡大会の試合前だった猪木は「えっ、馬場さんとのタッグが決まった? シングルはダメ? でも決まった以上は大変な話題になるだろうし、内容のある試合にしたい。私はいつもどうすれば力道山時代に次ぐ黄金時代が迎えられるかを考えていた。馬場さんと最高のタッグファイトを見せますよ」と素直にトップ会談の結果を受け入れた。

 対戦相手は7月5日の紙上からファン投票が行われ、7月14日の締め切りまで総数6万8448票が集まり、タイガー・ジェット・シン、アブドーラ・ザ・ブッチャー組の“史上最凶コンビ”が4万1193票を集め、2位のザ・ファンクスに317票の差をつけてBI砲の相手の座を射止めた。

 決戦当日は超満員1万6500人の大声援を浴びて、猪木が逆さ押さえ込みでシンから3カウントを奪った。両雄は抱き合って一騎打ちを誓い合ったが、実現することはなかった。まさに“真夏の夜の夢”となったBI砲8年ぶりの再結成だった。 (敬称略)

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