【龍魂激論・後編】坂口氏が明かした猪木の「氷上アラスカ決戦」計画

2019年12月07日 11時00分

天龍(左)と坂口氏は対談中、終始笑顔だった

【天龍源一郎vsレジェンド対談 龍魂激論】ミスタープロレスこと天龍源一郎(69)がレジェンドと語り合う特別連載「龍魂激論」に、“世界の荒鷲”新日本プロレスの坂口征二相談役(77)が登場。全日本プロレス創設者のジャイアント馬場について熱く語った前編に続き、後編では新日本プロレス創始者、アントニオ猪木にまつわるエピソードが明かされた。幻に終わった「あの大会」から、これまでベールに包まれていた「億単位の借金返済」まで、歴史的な秘話を一挙公開する。

 ――天龍さんにとっても猪木さんの存在は大きかったのでは

 天龍:俺は坂口さんが(新日プロ)社長の時代にいい思いをさせてもらって、猪木さんにまで勝っちゃったから。日本人で初めて「BI砲を倒した男」と呼ばれるようになったのも、坂口さんのおかげですよ。でも猪木さんの下でナンバー2は大変だったでしょう。

 坂口氏:発想力はすごかったよね。「モハメド・アリとやる」(1976年6月)、「パキスタンで試合(76年12月のアクラム・ペールワン戦)をする」と言って、本当に実現させちゃったし。最初に聞いた時は「なに言ってんですか!」って制止したけど、話を聞いてると「あれっ、できるんじゃないか」って思えてくるんだよね。

 天龍:あのアイデアは誰にもまねできないですよね。会社の人間は大変だったと思うけど。

 坂口氏:後楽園も満員にならない時期に「東京ドームでやる」って言いだした時は参ったなあ。でも本当に実現させただけではなく、定着させた。あれは猪木さんの神通力じゃないか。だってよ、「ソ連で試合をする」(89年12月)、「北朝鮮で試合をする」(95年4月)なんて今考えても実現するとは思わないじゃない。北朝鮮では「金日成主席が見に来る」って話が流れたんだけど、テレビ朝日に独占放送を許しちゃって、NHKとか怒ったよなあ。さすがに「30億円出す」と公言していたウガンダのアミン大統領との試合は実現しなかったけどな。あとアラスカでの試合はさすがに無理だったな。

 天龍:えっ、そんな話があったんですか。

 坂口氏:「またか…」ってな。誰がどう考えても、アラスカの氷の上にリングを持ち込んで選手を派遣して興行打つなんて無理だろ。誰が見に来るんだよ…。あれも70年代の終わりだったかな。当時はイケイケのスタッフが周囲にいたし、熱意のある営業部員や企画部員がいた。猪木さんの野望を正直に受け止める熱気があったんだよ。猪木さんだから許された会社運営だったね。

 天龍:しかし、坂口さんが返済した負債は相当な額だったんですよね。

 坂口氏:副社長だった時のアリ戦は13億円。株も取られちゃって。猪木さんは「なあ坂口、すぐ返せるよな」ってケロッとしてる。俺も「そうですね」なんて答えちゃってさ。その後に初代タイガーマスクが出てきたので助かった。

 天龍:しかし…金額が想像を絶するスケールですね。

 坂口氏:社長に就任した時は(借金が)十何億。10年で返済しようと計画したら8年で完済できた。タイミングが良かった。人の和というのかな、10億円規模の東京ドーム大会が始まって、闘魂三銃士が出てきて全部がうまく回ってた。全国のプロモーターも頑張ってくれて。

 天龍:全日本はプロモーターがいなかったんですよ。せいぜいグレート小鹿(現大日本プロレス会長)ぐらい。何てスケールが小さいんだ…。

 坂口氏:50年間やって山あり谷ありの時代だったけど、今が最高の時代なんだからいいんじゃないかな。

 天龍:WARも見え張って、年末は全社員でハワイ旅行ですよ。ゴミ箱の中に金を捨てるようなもんでした。名前は出さないが、空気のように金が降ってきて当然と思ってる選手がズラリと並んでたな。俺が必死になって新日本への出稼ぎで稼いだ金をパクパク食いやがって、あのヤローども。石神井公園の池のコイよりタチが悪い連中だ。

 坂口氏:そういえばそっち(天龍)がメガネスーパーをスポンサーにSWSを旗揚げ(90年10月)して解散した後にさ、(ドン)荒川を通じて(メガネスーパーの)社長の小田原の自宅に呼ばれたのよ。

 天龍:それは初めて聞きましたね。

 坂口氏:「困ったら何でも言ってください」って言うからよ。俺は「社長、金の使い方間違えましたね」とハッキリ言ったんだよ(笑い)。そしたら「坂口さん、目はお悪くないですか」と言って小田原の本店に連れて行かれた。検眼して金縁のメガネ作ってくれたよ。そしたら後日請求書が届いてよ。「ふざけんな!」って話だよ(笑い)。

 天龍:やっぱり社長にコバンザメみたいにくっついて、団体をダメにしたA級戦犯は荒川だという史実がようやく日の目を見たな…。坂口さんは他人の悪口を絶対に言わないけど、やはりお金の話は面白いですね。感銘を受ける点は多々ありました。本当にありがとうございました。

 坂口氏:また来年のプロレス大賞授賞式で。

☆さかぐち・せいじ 1942年2月17日生まれ。福岡・久留米市出身。高校時代から柔道で活躍。明治大学卒業後、旭化成に入社し、65年に全日本選手権で優勝。67年、日本プロレス入門。73年に新日プロに合流。UNヘビー級、北米タッグ、北米ヘビー級王座などを奪取した。89年6月、同社長に就任。会長、CEOを経て、現在は相談役。長男はプロレスラーの坂口征夫、次男は俳優の坂口憲二。