【取材の裏側 現場ノート】記者人生で、最も女友達からうらやましがられたインタビューだったかもしれない。今から約10年前。2012年ロンドン五輪ボクシング男子ミドル級で金メダルを獲得した村田諒太に話を聞いた。強く、整ったルックス、人の心を一言でつかむ言語能力。ロンドンでの活躍は、普段まったくアマチュアボクシングに触れない彼女たちの心を、ぐっと引き寄せるのに十分だった。

 東洋大のリング上で聞いた言葉で、最も感銘を受けたのは「タラント」の話だ。五輪前に、気持ちを整えるために「聖書」を読んでいたという村田は次のように話した。

「タラントのところとか、好きなんですよ。支配人が召し使いにお金を渡す。タラントって、当時のお金の単位で1タラントがあれば1年くらいあったら飯が食える金額。ある人は5をもらい、それを10に増やした。1もらった人間は、もったいないと隠して1年過ごした。すると、支配人は『そのタラントはお前に与えたのに、なんで眠らせたんだ』と激怒。その人を家から放り出して、タラントを奪った。それがタレントの語源らしいんです。才能の」

 タラントという言葉も、ストーリーも初耳の記者はうなずくばかり。

「これは人間というのはもともと与えられたタレントがあって、それを一生懸命生かすために人生があるんだよ、という僕のとらえ方ですけどね。結構あっそうだよな。自分の才能を最大限に生かさないといかんな、と思わせてくれた。結構素晴らしいんですよ、あの本は」

 神に与えられた才能を腐らせず、五輪金メダルを獲得。説得力満点だ。栄誉を手に入れ取り巻く状況は一変。芸能プロやテレビ出演など、一躍時の人になった。しかし、世界の頂点に立ってもなお、自分にタラントを問い続けていたのだろう。その後プロに転向。強さも知名度も影響力もさらに大きくなったのはご存じの通りだ。

 4月、WBA世界ミドル級スーパー王者としてIBF同級王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)と対戦した王座統一戦で敗れ、去就についても注目が集まる。どんな道を歩むにしろ、またタラントを増やしていくのだろうと、10年前の言葉を思い返している。

(一般スポーツ担当・中村亜希子)