江戸幕府15代将軍・徳川慶喜の孫で作家の井手久美子さんが、今月1日に千葉県内の自宅で老衰のため95歳で亡くなっていた。先月、自叙伝「徳川おてんば姫」(東京キララ社)で作家デビューしたばかりだった。華族の家に生まれ、波瀾万丈の人生を歩んだ井手さんは、どのような境遇になろうとも最後までポジティブな人だった。
井手さんは4日、火葬された。戒名は「喜光院久遠慈輝遥麗大姉」。10日午後1時から千葉県君津市の圓明院で、お別れの会が開かれる。ファンの参列も受け付ける。
井手さんは1922年に東京の徳川家の屋敷で、慶喜の七男、貴族院議員の公爵・徳川慶久の四女として生まれた。姉は喜久子妃殿下。18歳で侯爵家の松平康愛氏と結婚するも、夫は第2次世界大戦で戦死した。その後、医師の井手次郎氏と再婚した。
徳川家のお姫様として生まれ育ち、再婚してからは病院の仕事を手伝うなど“一般人”として生きた井手さん。東京キララ社の代表で「徳川おてんば姫」の出版を手がけた中村保夫氏は「井手さんはすごく好奇心が強い人で、何事にもチャレンジする人でした。とにかくポジティブで、どんな苦労があっても『楽しかった』と振り返っていました」と明かした。
特に海のくらげの大群の中に飛び込んだり“おてんば”した時のことを振り返る時に、もっとも楽しそうだったという。
敷地が3400坪もあり、常に50人ほどが共に暮らす徳川家の屋敷での生活や、戦中に疎開した話など“歴史の証人”とも言える井手さんの人生がつづられている「徳川おてんば姫」。
井手さんは本が完成してすぐに体調を崩して入院生活となった。本を出版してから大きな反響があり、それを孫から聞き「『夢のようね』と言っていました。反響があったことを、井手さん本人も理解し、喜んでくれました」(中村氏)
井手さんは本が出来上がるのを見届けて、天国に旅立った。












