サッカーの北中米W杯で大活躍し、アルゼンチンを準優勝に導いたFWリオネル・メッシ(39=マイアミ)が、ブラジル代表としてプレーする可能性があったとの仰天エピソードが話題になっている。
中東大手放送局「ビーインスポーツ」は「メッシはブラジル代表としてプレーする可能性はあったのか?」と題して特集した。
「メッシは20年以上にわたり、アルゼンチンの究極の象徴であり続けてきた。しかし、最近の歴史的調査によって、あまり知られていない事実が明らかになった。メッシにはブラジルにも家族のルーツがあり、状況が異なれば、彼の人生は全く異なるものになっていた可能性があったのだ」と指摘した。
いったいどういうことなのか。「ブラジルメディア『グローボ』が最初に報じ、イタリアの歴史家フィオレンツォ・サンティーニ氏が行ったこの調査は、アルゼンチンのスーパースターの家系図をたどり、彼の曽祖父の一人が、一家が1900年代初頭にアルゼンチンに移住する前に、サンパウロ州で生まれていたことを明らかにした」
そしてこう詳説する。「物語はメッシの高祖父であるラニエロ・コッチェッティーニから始まる。彼はイタリアのマルケ州サン・セヴェリーノで生まれた。妻のローザと共に、イタリア人の大規模な移民の波に乗ってブラジルへ移住した。一家はサントス港に到着し、その後、一家はサンパウロの郊外に移り住み、この地域で最も著名なコーヒー生産者のマルティーニョ・プラド・ジュニオールが所有する農場で農業に従事した。その時期に、彼らの子供がリベイラン・プレトで生まれた。後にメッシの曽祖父となる人物だ。そのクッチッティーニがわずか1歳の時、一家はアルゼンチンの都市ロサリオに移住した。サッカー界で最も有名な一家の物語は、やがてこの地で始まることになる。数十年後、メッシがロサリオで生まれ、アルゼンチン代表史上最高の選手となった」
その上で同局は「この発見は、サッカーファンの間で当然の疑問を即座に引き起こした。メッシはブラジル代表としてプレーできたのだろうか?」と提起。そして「歴史的な観点から見ると、この調査によって、アルゼンチン代表キャプテンの家族がブラジル領土とつながりがあることが確認された。しかし、それだけでは彼が自動的にブラジル代表としてプレーする資格を得られるわけではなかった。FIFAの出場資格規定は、遠い祖先の出生地だけでなく、国籍と国との法的つながりに基づいても定められている。メッシの場合、出生地、国籍、サッカー教育、そしてスポーツ選手としてのキャリア全体がアルゼンチンと結びついており、彼はユース時代からW杯優勝に至るまで、アルゼンチンを代表してプレーしてきた」と説明。メッシにブラジルのルーツはあるものの、ブラジル代表としてのプレーには否定的な見解を示した。
「今日、メッシがアルゼンチン代表以外のユニホームを着ている姿を想像するのはほぼ不可能だ。しかし、彼がサッカー界の偉大なレジェンドとなる1世紀以上前、彼の家族の一部はブラジルの田舎に住んでおり、サッカー界が今再び注目する興味深い歴史的つながりを残していた」。メッシと宿敵ブラジルとの〝奇縁〟は脚光を浴びそうだ。












