【レジェンド雀士からの金言】日本プロ麻雀連盟最高峰リーグの最年長、古川孝次(76)の生きざまに迫るインタビューの後編。独自の鳴きを駆使する「サーフィン打法」の極意、脳梗塞を経て感じたこと、後進へのメッセージ、現役最年長で最高峰リーグを戦う思いを聞いた。
古川の鳴きを多用する打ち方は、いつしか“サーフィン打法”と呼ばれるようになっていった。
「日本プロ麻雀連盟九州本部の吉井友直くんから『古川さんの麻雀ってサーフィンしてるみたいですね』って言われたことが由来です。鳴きを多用する人は多いけれど、私の鳴きは前に出る鳴きと、前に出ない鳴きがあります。まず自分の感性でひとつ鳴いて、そこからアガれるかどうかを考えることが基本。アガリに向かって手牌がふくらんでこなかったら、ディフェンスに回ろうかなというスタンスです。相手の大物手をつぶして安い手でアガる醍醐味は相当なものですが、いつも安い手でアガるのではなく、ときには鳴いた高打点の手牌も見せる。攻守のバランスはとにかく経験しながら磨いてきました」
そんな古川には目標としていた打ち手がいる。
「灘麻太郎さんの“ローリング打法”は、よく後ろで見させてもらいました。攻めの姿勢は崩さずに、相手からのリーチなどで攻め込まれた時には危険牌を止めてローリングしていく。鳴き派で名をなす人は、安藤満さんもそうでしたが、ディフェンス力もすぐれているんですよね」
古川は66歳の時、脳梗塞で倒れた。
「2日間ほど頭が痛かったんで、風邪薬を飲んでいたんですがいっこうに治らなくて、明け方にトイレから出た途端、バタンと倒れたんです。カミさんが救急車を呼んでくれてなんとか間に合いました。入院中、外出許可をもらって息子に麻雀店に連れて行ってもらったんですが、麻雀牌を触ってみると完全復活とは言えないものの麻雀が打てることがわかった。あの時は神様ありがとうと心から感謝しましたね」
日本プロ麻雀連盟の第1期生として、令和の麻雀プロ界をどう見ているのか。
「麻雀といえば賭け事イメージが強すぎて、なかなかスポンサーが現れなかった。それをサイバーエージェントの藤田晋さんが、企業がチームオーナーになって競い合うMリーグを中心に、本当に明るい世界にしようとしてくれているなと感じています」
とはいえ麻雀プロ1本で生計を立てられるのは、まだほんのひと握りだという。
「私も名古屋と東京の往復交通費から対局料まですべて自腹なんで、優勝できなきゃなりわいにならない。優勝賞金をもらったこともありましたが、それだけでは家族を養えない。とくに地方で頑張っているプロたちはどうしてもお金がかかる。だからみんな何かしらの副業を持っていたり、サラリーマンと兼業したりという感じなので、いつか対局だけで飯が食えるような仕組みができたらなと思いますね」
後進のプロに伝えておきたいことがある。「麻雀プロって家族が大変だなと本当に思うんで、人にやさしく、自分に厳しくという気持ちが必要なのかなと思いますね」。現在は公共の施設やカフェ麻雀店などを利用して健康麻雀教室の講師を行っている。「健康麻雀教室は週6日、ゲームセンターでKONAMI麻雀格闘倶楽部にも参戦しているので、忙しくさせてもらっています」
同団体最高峰リーグを最年長で戦っていることに対しては特別な思いがある。
「麻雀に関するあらゆる感覚は、若い頃とはすべて変わりました。ケアレスミスなら自分で受け入れればいいけれど、チョンボをしてしまったら対局者に迷惑がかかる。引退してくださいと、いつ言われてもおかしくない中、連盟で一番強い奴らと本気で麻雀がしたいという気持ちが勝ってしまう。麻雀プロって一匹狼というか、自分本位に生きたい癖がある気がするんです。私の鳴き麻雀とは対極にある華麗な手作りで、生きざまも華のあった小島武夫さんがまさにそうで、しばられるのが嫌いでしたが、晩年『孫と一緒に住んでいる今が一番楽しいんだよね』とポツリと言ったことがあったんです。私もこの先の寿命を考え、どうせ登るなら高い山に登ろうという気持ちで、小島さんがつぶやいた域に到達したいですね」
☆ふるかわ・こうじ 1949年4月12日、愛知県名古屋市生まれ。多摩美術大学卒業。小島武夫にスカウトされ日本プロ麻雀連盟1期生として入会。主なタイトルは第16、17、18期鳳凰位、第7、9、10、11期阿佐田哲也杯他。オンライン対戦型麻雀ゲーム「KONAMI麻雀格闘倶楽部」にも参戦中。好きな役はタンヤオ、趣味は映画観賞。












