【石井和義の光と影#20】1998年8月、ボクシングの世界的プロモーターとして知られるドン・キングと交渉し“飼い殺し”になっていたジェロム・レ・バンナ(フランス)を取り戻しました。彼からの「ラスベガスは物騒な町だから気を付けろよ」との言葉を背に会談を終えたんです。

 あんな「大物」と渡り合えたのは自信になりましたよ。その達成感もあって、一人でビールを飲みたくなりました。そこでタクシーに乗り、チップを200ドル(約2万9000円)くらい渡してお勧めのバーに連れていってもらったんです。

 目的地に到着すると、運転手さんに「戻るのを待っていてくれ」と言いました。結果として、それが命拾いとなります。バーの中は真っ暗。嫌な予感がしたので、入り口近くのカウンター席に座りました。カウンターの中からは大男がにらみつけてくる。生ビールを注文すると、大男は瓶ビールをカウンターに置きました。そして、奥からガリガリにやせた女性と太った女性がスッポンポンで出てきて僕の両隣に座り「ケケケケケ!」と笑い始めたんです。

バンナ(左)と石井館長(01年8月)
バンナ(左)と石井館長(01年8月)

 そのキマった目に危険を感じ「チェックしてくれ」と言いました。大男に「ゆっくりしていけ」と言われたけど、冗談じゃない。ビールを飲むふりをしてチラッと出口を見たら、いつの間にかレジのところに男がもう一人。僕はカウンターにビール1杯分の代金として100ドル(約1万4400円)を置き、黙って席を立ちました。すると太った女がドアの前に立ち「ケケケケケ!」と高笑い。それを避けて出ようとしたら、レジの男が殴り掛かってきたので股間を蹴り上げて走って逃げました。

 外で待っているタクシーに向かって一直線に走ると、後ろから「パン! パン!」と破裂音。銃声だったかもしれないけど、振り向く勇気はありません。走ってタクシーに飛び乗り「ゴー!」と叫びました。後で聞いたら運転手さんが最後にそこに行ったのは半年前。その間に店が変わっていたようで、謝られましたよ。でも、もし彼が待っていなかったらと思うとゾッとします。改めてドン・キングとは付き合わない方がいいと思いました。少し会っただけで、こんなに運が悪くなりましたから…(笑い)。

 その後、バンナは米国でボクシングをやった成果でパンチ技術が見違えて結果も出るようになります。しかし母国に戻るとチヤホヤされてパンチもムエタイのコーチに元に戻されて崩れてしまった。バンナの周りには甘い人間が多くて、本人もそういうヤツが好き。だからイエスマンで固めてしまった。格闘技界ってそういう人が多いけど、バンナは典型でしたね。

 次回も印象的な選手の話の続き。中量級で欠かせない、あの選手です。

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