〝テキサスの荒馬〟の偉大な功績とは――。プロレス界のレジェンドでWWE殿堂者のテリー・ファンクさんが死去した。79歳だった。多くの外国人レスラーと交流があった全日本プロレスの和田京平名誉レフェリー(68)が、〝不屈のテキサス魂〟を振り返る。

 世界最高峰だったNWA世界ヘビー級王者に輝くなど世界中のリングで活躍したテリーさんだが、リング外では「若手の育成」という功績もある。米国では〝不沈艦〟スタン・ハンセンをプロレス界にスカウトし、ボブ・バックランドや弟分の〝喧嘩番長〟ディック・スレーター(故人)を名レスラーに育て上げた。WWE殿堂者のミック・フォーリー(カクタス・ジャック)とはデスマッチで数々の死闘を展開し、「ハードコアレジェンド」にまで押し上げた。

 それは日本人レスラーに対しても同じ。テキサス州アマリロでは、レスリング五輪代表からプロレス入りした故ジャンボ鶴田さんを指導。和田レフェリーは「もともとジャンボを育てたのはテリーだった。そういう面では日本人が好きだったし、教えることも好きだった」と言い、テリーさんは大相撲からプロレス入りした天龍源一郎も若手時代に指導。リング上でも、日本の若手選手と積極的に戦った。これには、テリーさんの先を読む鋭い感覚があったからだという。

「(当時の)ファンクスは『今後は米国より日本だろ』と先を読んでいた。今後、(プロレスの)技術面では、日本のほうがはるかに上をいくと先を見ていたから、(日本人選手に)教えていたと思う。馬場さんも『いずれ日本のほうがプロレスは上になるよ』と言っていたし、テリーたちもそう感じていたんだろう」(和田レフェリー)

 日本プロレス界の巨頭、故ジャイアント馬場さんと同じ感覚で、日本人レスラーたちに〝本場〟の技術を伝授。テリーさんの「先見の明」は、日本マット界の進化にも大きく貢献していた。