香りを言語化することで〝砂漠〟に緑が息づくのか――。今回は流通ウォッチャーの渡辺広明氏が注目する社長にインタビュー。嗅覚のデジタル化によって新たな顧客体験を提案するSCENTMATIC株式会社の栗栖俊治氏が香りが拡張する世界について語ってくれた。

栗栖俊治社長(左)と対談した渡辺広明氏
栗栖俊治社長(左)と対談した渡辺広明氏

 渡辺広明(以下渡辺)僕はこれまで化粧品や入浴剤の商品開発に携わってきたので、香りの重要性というのは一般の方よりは認識しているつもりです。ただ、いくつもの香りサンプルを嗅ぎ比べていると分からなくなることがある(笑い)。だから最後の最後はトップとか開発責任者の一存で決まるという場面を何度も見てきました。

 栗栖俊治(以下栗栖)それは“あるある”ですね。香りは目に見えない曖昧なもので、ひとりひとり好きな香りも感じ方も違うから難しい。そもそも日本の香水市場は欧米に比べて圧倒的に小さく“香水砂漠”といわれていました。その転機が起こり始めたのが2008年です。

 渡辺 2008年に何が起きたんですか?

 栗栖 米国製の柔軟剤「ダウニー」がドラッグストアやスーパーで販売され、その後の香りつき柔軟剤ブームの火付け役となりました。もうひとつは無印良品から「アロマディフューザー」が発売されました。

 渡辺 香りとミストを超音波で拡散させるやつですね。大ヒット商品として話題になったし、今でも無印の店頭に並んでいます。

 栗栖 厳密には直接肌につける香水と、空間に香りを漂わせるルームフレグランスは別物なんですが、香り全般に対してネガティブなイメージを持たない世代が市場にブレークスルーをもたらしたと認識しています。コロナ禍の生活で、モードを切り替えるというコンテキストでフレグランスが売れたのも大きかったです。

 渡辺 確かに昔と今では香水に対するイメージが違うかもしれませんね。化粧品でも真っ赤な口紅やマニキュアへの反応が世代によってすごく異なるんですけど、香りは“市民権”を得るまでにものすごく時間を要したんですね。

 栗栖 そこも嗅覚ならではの特徴だと思いますね。五感の中でも嗅覚だけが記憶をつかさどる脳の海馬に信号を送ることができて、記憶を呼び起こすといわれますから。

 渡辺 分かるな~。割と強めのラベンダーの香りがトイレの芳香剤の定番になったら、香水としてラベンダーは人気がなくなった(笑い)。

 栗栖 はい。逆にキンモクセイの香りがトイレ芳香剤の定番だったことを知らない若い人たちにはキンモクセイ好きが多い。香りは人間の記憶にひもづくものだし、だからこそ多様性の塊なのです。

 渡辺 生活スタイルや世代によっても変わるんでしょうね。それを言語化することは難しかったのでは?

 栗栖 マンガが多くの人に愛されるのは絵に言葉がついているから、ポップスが愛されるのも音楽に歌詞がついているからじゃないかと考えたのが出発点でした。香りを言語で表現するAI(人工知能)を開発し、これまで3万人以上に体験していただいた結果、圧倒的に「楽しい!」というお声をいただきました。

 渡辺 なるほど。今までも調香師といった香りのプロにだけ分かる開発言語はあったけど、一般言語化したということですね。

 栗栖 おっしゃる通りです。渡辺さんも香りと言葉の融合体験ができる「KAORIUM(カオリウム)」(資生堂ビューティ・スクエアに導入済み)を体験してみてください。

栗栖社長(左)に見守られながらKAORIUMを試す渡辺広明氏
栗栖社長(左)に見守られながらKAORIUMを試す渡辺広明氏

 渡辺(20種類の香料から好みを探るカオリウム体験を終え)僕が求めているのは“どこまでも続く深く青い空”だったのか…。自分では絶対思いつかない言葉でしたよ(笑い)。

 栗栖 言語を見ながら匂いを比較することで「曖昧な感じ方が変わった」とおっしゃる人は多いです。体験した人の買い上げ率が2・8倍に上がるなど、販促効果も着実に出ています。

 渡辺 日本酒選びをサポートする「KAORIUM for Sake」も続々と居酒屋に採用されている。日本酒好きの人から「淡麗辛口」とか「濃醇甘口」とか言われても、僕は全然分かってないんです(笑い)。

 栗栖 それも専門用語ですよね。日本酒のほうでは「解放されたい」「ワクワクしたい」といったなりたい気分と、「個性的」「フルーティ」といった好みの味わいに合わせて、店頭にある日本酒とのマッチ度をAIが分析して、オススメする仕様です。集まるデータが興味深くて、みなさん月曜日に「解放されたい」を、水曜日に「自分にご褒美」を押しがちなんです(笑い)。

ビックカメラの日本酒売り場に採用されている「KAORIUM for Sake」の画面イメージ
ビックカメラの日本酒売り場に採用されている「KAORIUM for Sake」の画面イメージ

 渡辺 それは面白い! そういった今まで可視化できなかったデータに蔵元がアクセスできるようになれば使い方も広がるし、英語にすればインバウンドでも大いに役立つ。

 栗栖 はい。既に英語版を一部のビックカメラさんに導入しています。

 渡辺 これは匂いますね!

 栗栖 何がですか?

 渡辺 金の匂いです(笑い)。

大衆寿司居酒屋「杉玉」でも採用されている「KAORIUM for Sake」
大衆寿司居酒屋「杉玉」でも採用されている「KAORIUM for Sake」

☆くりす・としはる 1979年生まれ。神奈川県横浜市出身。SCENTMATIC株式会社代表取締役社長。大学院卒業後、NTTドコモに13年間勤務。携帯電話やスマートフォン向け新機能・新サービスの企画開発に10年間従事したのち、2015年からシリコンバレーに駐在。北米の様々なAIスタートアップと本社の協業、出資業務に携わる。19年11月にSCENTMATIC株式会社を設立。「世界にあふれる香りを日々の豊かさとして感じられる未来づくり」を掲げ、嗅覚のデジタライゼーションを目指す。

☆わたなべ・ひろあき 1967年生まれ。静岡県浜松市出身。「やらまいかマーケティング」代表取締役社長。大学卒業後、ローソンに22年間勤務。店長を経て、コンビニバイヤーとしてさまざまな商品カテゴリーを担当し、約760品の商品開発にも携わる。フジテレビ「Live News α」レギュラーコメンテーター。Tokyofm「ビジトピ」パーソナリティー。